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子育て中の女性の乳房が「性的な意味もある」から「見せない」ようになったのって、ほんといつからなんでしょうか?私が子どもの頃(40年くらい前)は授乳している女性の乳房がいやらしいものとして見られている度合いは今よりもうんと少なかったと思います。

その前、例えば戦後すぐとかそれ以前というのは、日本中のほとんどの家庭では家中の家人の前で授乳するのは当たり前の光景でした。江戸時代は乳を見せるよりも、足を見せる方が恥ずかしかった。だから夕涼みしている絵を見ると、女性がおっぱい丸出しでうちわで扇いでいたりする。

 

乳房がセクシャルなものになったことの意味

それまで世の中になかったものを新しく商品として売り出すには、新しい価値を植え付けなければならない。私はもし今授乳中だとしても、人前で堂々とおっぱい丸出しにして授乳する勇気はありませんが、授乳服着ていて見えなければOKにすると思う。

でもそれだと授乳ケープという新しい商品は売れないので、「見えるのは絶対に恥ずかしいこと」という価値観を打ち出して授乳を追いやり、ケープを使わないのは周囲に失礼であり恥ずかしいことという喧伝をする。それが商業です。それってどうなの? と思います。

乳房を一列にセクシャルなものとして記号的意味を持たせることで新たな市場を生み出す。んでも、若い女性は肩出してたり、かなり深い襟元の服着てたりする。母親はダメで、母親以外の女性はOKってこと? おかしくね?

 

文化圏による違い

よくアメリカでは授乳のパレードとかイベント(キャンペーン)をします。ショッピングセンターで授乳をしていたママが注意を受けたことに対する抗議などで、母乳ママが数十組集まってみんなで一斉に授乳をするというもの。日本ではなかなかそこまでの行為にはなりませんが、そういう気持ちって大事だと思います。今流行っている、最近言われ始めた風潮がいつも正しいわけではないです。

授乳ケープを使わない方がよい、ということではなく、みんなが一斉に横並びで商業ベースに巻き込まれることで、けっきょくはママ達がママ達の行動を規制していることにはならないのでしょうか?

授乳ケープの拡がりが、おむつの許容のされ方に似てきていて、私はちょっと気味が悪いように感じています。その割に、パンツすれすれのミニスカートをはいた若い女性が闊歩していたりすると、ますますおばさんの頭は混乱します。パンツは見えてもいいけど、乳房はダメなのね?

「タイツ履いてるからいいもん」って言われちゃいそうですが、実際にパンツを見せることと、そこにあるものを容易に想像させることは同じように思うのですが考え方が古いのかな?

しかし文化によってセクシャルなものってほんとうに違いますね。ベビーウェアリングのカンファレンスにアメリカやイギリスに行ったときに、乳首すれすれのUネックのぴ~ったりとしたTシャツを着たママがいて、「アメリカってところは乳首が見えなければOKなんだ」とびびったことを思い出します。その後、そのママは授乳の後とかときどき乳首が半分くらい見えてました。彼女にとってどこまでが許容範囲なのか??

 

私はこういう話題にはずっと興味があるようで、以前もパンツと授乳の話しを書いています。
『「パンツが見える。」』

なんだかな~。ますます子育てがしにくい方向に進んでいますね・・・。残念です。

 

(本記事はだっことおんブログ|Babywearingからの転載です。)

[Photo by Robert Whitehead]

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