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こんにちは。筋肉部の星野です。 先日初音ミクの記事をあげましたが、その続編です。
「ボカロ」を音楽教育に=大学や高校で導入の動き-「芸術性高い」と評価』今日はこの記事について考えていきたいと思います。

初音ミクが生み出した影響

プロのミュージシャン・製作者・作曲家これらすべての存在を脅かすといっても過言ではないし、実際に僕の知人でも初音ミクによって仕事が少なくなった、変わってしまったといった声もチラホラききます。 概して新しいもの、というのは何かしらの波紋を呼ぶものですね。 僕も感情的に言えば、ネガティブな印象を受けておりました。基本的に人間の肉体や五感を通さないと満足できないので、初音ミクが流行って音楽文化が機械的な方向にシフトすることはちょっぴり残念なのです。

やっぱり工場生産の山崎パンより近所の手作りのサンドイッチが絶対おいしいし、打ち込みで刻む超絶技巧のドラムよりもドラマーが汗水たらして叩くドラムのほうがビシビシと僕の感覚を刺激してくれるのです。刺激してくれるんだけれども。やはり初音ミクの登場によって今まで表現しえなかった領域が現れてきた、ということですよね。

確かに生演奏でしか味わえない音域や空気感はあるけれども、人間じゃ表現できなかったフレーズのパターンを生み出すことができるようになってきた。したがって、この記事では、講師陣ですら「あれ、初音ミクって意外に奥深いし、結局使う側によって作品のクオリティは一流にも三流にもなるんじゃない?」ということに気づき始めているわけです。

世間の専門家が思っているのとは逆に、初音ミクというボーカロイドが生み出す可能性は決して一時的なものではなかったのだと思います。

ツールに善悪や良し悪しはない

どうしても「初音ミク」というキャラに引っ張られがちですが、あくまで初音ミクはツールなのですから、それ自体に良い悪いはないですよね。別にバイト先の冷蔵庫の食品で寝るアホな大学生がTwitterでアップされたからって、「やっぱりSNSやTwitterは若者をバカにする!」とかにはならないわけです。 バカなのはその大学生だけです。初音ミクもそれと同じこと。

それを使ってどう表現するか。生まれたものがこれまで音楽で食ってきた人を一時的に不快にさせたり困窮させたりしたとしても、それはあくまでツールのせいではないと思うのです。 したがって、時代的に、まだ音楽の在り方が少しずつ変わってきた、ということですよね。先日のバンプオブチキンとのコラボ楽曲「Ray」も音源からPVまでちゃんと初音ミクを統合させていましたし、過度期を超えて、皆が上手く利用し始めている。

初音ミクの登場によって、アーティストにとっては表現方法が多彩になる契機となりますが、今後もどう音楽文化における人間と非人間のコラボレーションが生まれるか、この目で観察していきたいと思います。

[画像引用元:http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2014032900179]

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