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4月7日、朝日新聞社の行った調査で集団的自衛権の行使についての有権者の意識調査を行った結果、「行使できない立場を維持する」という回答が63%となった。

 

安倍政権に対するイメージ

この理由のひとつに、安倍政権に国際強硬派のイメージがあるため、集団的自衛権の容認は日本の再軍備や戦争に直結するのではないかという漠然とした不安感があげられるのではなかろうか。「集団的自衛権=戦争をする権利」のように捉えられている節があるように感じる。

確かに、集団的自衛権は他国の紛争に巻き込まれる危険性も内包している。しかしながら、基本的には集団的自衛権というものは平和のための手段であることはもう一度認識する必要がある。集団的自衛とは、「多くの国家が集まり、お互いに戦争しないことを約束し、戦争が起こりそうなときはみんなでそれを止めよう」という考え方である。いわば、みんなでひとつの大きな檻に入って、お互いに悪いことをしないか確認しあい、悪いことをした人がいた場合にはみんなで罰を与えようという仕組みである。

そして、軍備を持たないはずの日本が「罰を与える」部分に参加できるかが問題となってきたのだ。罰を与えることは、この平和の檻に入る権利に対する義務である。

 

集団的自衛権の意味

現状だと日本は少なからず集団的自衛の恩恵を得ている。それは、国際連合が集団的自衛の考え方を本質にしており、現在の国際関係では国際連合への加盟が国家として認められる要件に近いものとなっている以上しかたのないことである。

このように集団的自衛の恩恵に授かりながら、義務を果たせない立場は日本を外交的に不利にしている側面がある。国際交渉の場において、やはり果たすべき義務を果たせないという状況は日本の発言力を弱めるだろう。これまでは、それを国際社会への金銭的負担という面で補ってきたが、イラクなどへの自衛隊の派遣を見る限りそれももう限界に達している。

集団的自衛権の有無以上に、自衛隊が海外へ派遣され攻撃を受ける可能性のある場合に身を守るために先に攻撃をすることは可能か、などより重要な検討事項はあるはずだ。戦争はもちろんあってはならない悲しいことではあるが、軍事的なことに過度にアレルギー反応を示して有無を言わせず反対するのではなく、現実の国際情勢と日本の立場、交渉力を考え、より日本が、世界が平和になり、人々が幸せに暮らせるにはどうすべきかを考えていく必要があるだろう。

 

[Photo by  Official U.S. Navy Page]

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