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こんにちは、Credo編集長の前島恵です。今回からインタビュー企画を始が始まります。“「知りたい」にやさしく寄りそう”というCredoの理念に沿って、面白い研究や実践をやっている方にお話を伺っていきます。第一回目は、今月『協創の場のデザイン―ワークショップで企業と地域が変わる』を出版され、東京大学大学院情報学環で特任助教として研究をされている安斎勇樹さんにお話を伺ってきました。今回のインタビューはLife is Tech! School塾長でCredoライターでもある増原大輔くんと一緒に行いました。

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 ワークショップとは

前島:今日はただ一方的にお話をしていただくというよりは、増原君も教育家として活動している人なので、彼も交えて色々とお聞きできたらと思っております。まず、現在やっている研究についてお話いただけますか。

安斎:僕は「ワークショップ」と呼ばれる手法について研究しています。そもそも「ワークショップ」というのは、英語でいうとwork shop=工房という意味で、芸術家作品を作る場所のことを指す言葉でしたが、ここ100年くらいの間にメタファーとして「みんなで集まって何かを作ったり学んだりする手法」という意味で使われるようになりました。

もともとはアートの領域とか演劇の領域で始まったものですが、最近ではまちづくりや学校教育の領域でも新しい教育の方法として、ただ講義を聞くだけではなく、みんなで何かをつくり出しながら創造性も身につけていく手法として使われるようになっています。企業の中でも商品開発や新しいサービスを生み出すための方法、イノベーションを生み出すための手段としても用いられています。

色んな場面でワークショップは使われ始めていて、個々の領域で実践を行っている人たちがある意味で草の根的に、試行錯誤しながらワークショップをやっています。そのため、いわゆるワークショップというものがどうすればよりよく企画できて、運営できて、実践できるのかというデザインの方法論の部分があまり研究されてきておらず、現場の勘でやるしかないという状況がありました。

そのため、ワークショップが社会に広がっている割には実践の質が良くなっていかないという課題があり、次の世代のファシリテーターが育てられないなどの問題があります。僕はもともとワークショップ実践をやっていたので、その問題を解決するために自分でもワークショップをやりながら、丁寧にデータをとっていって、ワークショップの方法論を確立していくというのが自分の研究テーマです。

前島:ワークショップという言葉が今の意味で使われはじめて100年も経つのですね。

安斎:そうですね、1905年にハーバード大学においてはじめて使われたので、100年とちょっとの歴史がありますね。

前島:現状ではかなり広い意味を持った言葉なのですね。

安斎:定義もまちまちで、「新しい学びと創造の方法」というような言い方をされることもありますし、「参加体験相互作用を重視した〜」のようにに言われることもあります。

前島:ワークショップという手法自体に興味を持ったきっかけはありますか。

安斎:僕はワークショップの中でも特に、創造性というものに着目しています。新しいものをワークショップを通してつくり出していくということですね。どのようにワークショップを企画したり、ファシリテーションをしたら参加者がより良いアイデアを出せるようになるのかという部分はブラックボックスで、「こうやったら絶対うまくいく」という方法も言えませんし、でもなんとなく良い方法はありそうだし、そういうところを探っていくというのが僕の今の研究です。もともとは教育への問題意識ではじめました。

僕は大学2年の時に中学受験生向けのwebサービスをつくり、学校教育や受験教育というものに問題意識を持って会社経営をしていました。ありがちなことですが、当時はもっとコミュニケーションをしながら学んだり、失敗をしながら学んだり、社会と繋がった課題の解決を通して学んだりと、もっと色々な学びの方法があれば良いのにと思っていました。私塾的な感じで、中学受験から解放された生徒を対象としてワークショップをやりはじめたのが大学3年生の頃でした。その際、自分が想像していた以上の結果が起こりました。

たとえば、受験勉強からはドロップアウトしてしまったような子がワークショップを通してイキイキと活躍していたり、引きこもりだった子がワークショップだけには参加して、だんだん変わっていったり、吃音を持っていた子が自己紹介すらできなかったのに、半年間ワークショップに来る中であるきっかけを通じてコミュニケーションできるようになったりと、様々なことが起こりました。

これらのことは恐らく普通の教室内では起こらないであろうことで、このような変化は何故起こるのだろうと思ったのがワークショップに強く興味を持ったきっかけでした。これは何なのかということをわからないまま、僕が大学を卒業してワークショップを実践したとしても、スケールアウトしていかないだろうと思って、ワークショップという手法をアカデミックに追求できる場所(学際情報学府)があるということがわかったので、これは研究としてやっていった方が自分の興味を探求できるのではと思い、研究を始めました。

 

 ワークショップの中でも創発性に着目した理由

前島:今のお話ですと、ワークショップ自体の持っている力としては、創造性だけではなくて、もちろん何かを覚えることだったり、創発性=コラボレーションだったり、自己解放だったり色々な機能を持っているということになります。その中でも現在安斎さんは創造性という機能に特に着目しているということですね。

安斎:そうですね。ワークショップという場は学校教育の物差しからは解放された場所で、点数が高い人が価値があるなどそういった尺度では計られないのです。そういったある程度自由な中で自分たちの発想を広げることができて、物差しから離れたところで色んな人と一緒にコミュニケーションをとりながらやると、一人ではできなかった作品が生まれることがあります。僕は創造性といっても個人ではなく特にグループの中で生まれる創造性というものに着目して研究を行っています。

そういった一人では生み出せないものが生まれることを「創発」と言います。そういった創発の体験と、「自分はこんなことができるんだ」という自尊心を高める変容プロセスは表裏一体で、子どもたちがドラスティックに変容していく過程には大人が想像できないような面白い作品を作るということがセットになっていると思うのです。僕はそのワークショップらしい良さを分析することにしたのです。子どもの変容そのものを辿ることよりは、創発のプロセス自体を分析していくということですね。

 

 創発性をどのように研究していくか

前島:なるほど。創造性の評価というのはどのように行っていくのでしょうか。研究というものは、大まかに言うと、仮説を立てて、実験をやって、評価してということの繰り返しですね。参加者も違うしやることも違うワークショップという場においてどのように分析のサイクルを回していくのでしょうか。

安斎:すごく難しいところですよね。指導教員の山内先生に言われたのは「創造性というものが人間の頭の中にあるという前提に立つと、研究は成り立たないだろう。目に見えない創造性を測るのではなく、観察可能な創造的な行為や作品を観察するところから研究するのが現実的だ。」ということです。僕はコミュニケーション、コラボレーションをしながら人が新しいことを思いついていくということをターゲットにしているので、ワークショップをやったときのグループワークの発話を全て映像で記録して分析しています。

そうすると全く同じワークショップでも、全ての発話を文字起こししてみると、当然人によって違うことを言っていますし、生まれる作品も一つとして同じものはありません。しかし、一定の傾向は見えてくるのです。たとえば僕が修士論文でやった未来のカフェをLEGOブロックでつくる「Ba Design Workshop」という場のデザインについて学ぶというワークショップが挙げられます。

建築、空間デザインや場作りに興味がある学生たちを集めてやりました。カフェといえば居心地が良いものだと思いますが、ただ「居心地が良いカフェをつくってください」と指定した場合と、全く同じワークショップで同じプログラムだけれど、課題の内容だけ「危険だけど居心地が良いカフェをつくってください」と言った場合で何が変わるのかということを分析しました。

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「Ba Design Workshop」開催時の様子

全グループの発話を録音して、それを文字起こしして一人一人の発話にどんな意味があるのかという質的分析の方法でコーディングをするというやり方を採用しました。コーディングというのは、アイデアを提案しているのか、相づちを打っているのか、承認しているのか、「スケッチブックにまとめない?」など何かを促しているのか、といったラベルを貼っていきます。

細かくは説明しませんが、アイデアの生成に関わるもので、「Aさんが何かを言った」「Bさんがそれに何かを追加して」みたいにコミュニケーションが連鎖している発話だけを繋げるという作業を行いました。ただ単に「僕はビール飲みたい」といった繋がりのない意見、ブレインストーミング内での意見は連鎖させません。

すると、ある作品が完成するまでにはこういったコミュニケーションのプロセスがあった、ということが見えてきます。そうすると、「居心地の良いカフェをつくる」というお題の方のワークショップは、結構ワークショップにおいてはありがちですが、大抵最初の方で色んな意見を言い合って、冒頭で誰かが出した意見がそのまま通ってしまうといったことが起こります。

たとえば、ある作品は、足湯カフェという良い作品が生まれているように見えるのですが、開始30秒で美術大学の女性が「下が足湯になってたらどう?」という提案をして、みんなが同意して通ったアイデアでした。一時間の制作時間があるのにも関わらず、クリエイティブな子が言ったアイデアをそのまま実行するということになって、コラボレーションは起こっていないということがわかります。

逆に「危険だけど居心地が良いカフェ」というお題を出した方が圧倒的に複雑なことが起こっていることがわかりました。誰かが言ったアイデアに対して、例えば「それは危険という条件を満たしてないよね」というつっこみが入ったりして、アイデアが深まっていくということがありました。そういったことを全て違うグループで全て違う話合いを通じて、違う作品ができるのだけれど、ちょっと介入の仕方を変えて大量にデータをとっていきます。

数値にするのはナンセンスだという指摘もありますが、コミュニケーションの連鎖がどれくらい起きたのかということを数量的に測ってみると、統計的に「ある介入の仕方の方が創造性は高まる」という結果が出るんですよね。データをとにかく丁寧にとっていって、発話のカテゴリーをカウントして、統計的に分析していくというのが僕のスタイルです。こうしないとワークショップを論文にすることはできないのです。

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