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橋本徹大阪市長が御堂筋の高層マンションの規制緩和にからめて「愛人を住まわせて」と発言したことが物議をかもした。日本の議員には、こうして発言を不用意と捉えられて、その志を断たれたりすることが多いような気がする。このことに何かしらの構造的な理由はないのであろうか?

 

日本とイギリスの違い

ここで私はイギリスの政党の仕組みについて考えてみたい。日本もイギリスも有権者は、候補者がどの政党に所属しているかに主に注目して投票する政党本位の選挙である。こういった政党本位の選挙での当選の決め手はやはり、有力な政党からの公認を得られるかということにかかっている。

しかしながら、日本とイギリスでは、政党がどの候補に公認を与えるかに違いがある日本では、党本部や県連がその候補者の思想や経歴などから主に議席を取れそうかを判断して公認を与えるかを決定するという方法がとられている。

一方、イギリスでは候補者は互いに厳しい競争にさらされる。公認を得るための選考があるのだ。選挙区にもよるが一般的な選考は主に3ラウンドからなる。第1ラウンドは履歴書をして書類選考、第2ラウンドは面接、第3ラウンドはそこまで選考を勝ち進んできた候補者同士の討論会という形になっている。このようにイギリスでは、選挙に出馬する前の段階から個人での厳しい競争にさらされ、公の場での演説の訓練を積むことになる。

 

議員が個人として鍛えられる場が少ない

また、候補者は公認を得た後も、政策についてあらゆる角度からの質問にさらされる。どういうことかというと、イギリスでは候補者の個別訪問が認められており、候補者は有権者一人ひとりと政策について議論対話をすることになる。日本では、贈収賄の疑いを防ぐために個別訪問は禁止されている。個別訪問が許されているかどうかによる公衆や有権者の前で意見を発信する機会の差は大きいように感じる。

日本では、当選回数の少ない候補者は各選挙区でのメディアでの取り上げられ方も小さく、各選挙区個人の意見を発信せずとも政党のマニュフェストやイメージによって当落が決してしまうことがある。しかしながら、いざ当選回数が多くなり党や政権の重要ポストや自治体の長になると途端にメディアに取り上げられるようになる。

こうして、今まで個人としての力が試されてこなかった議員が急に個人として見られるようになる。これでは、急に個人としてみられるようになった議員が、不慣れなためにときに不適切な発言をしてしまうこともあるのではないだろうか。いずれにせよ、有権者としては政党だけでなく、候補者個人としての力量を見極めた上で判断するという姿勢が必要だろう。

[Photo by jorge hernandez]

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