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前回に引き続き今月『協創の場のデザイン―ワークショップで企業と地域が変わる』を出版され、東京大学大学院情報学環で特任助教として研究をされている安斎勇樹さんにお話を伺ってきました。今回のインタビューはLife is Tech! School塾長でCredoライターでもある増原大輔くんと一緒に行っています。

インタビューの前編はこちらから

 

技術系ワークショップの難しさ

増原:僕は中高生といつも一緒に活動をしているので、アイデアソンなどもよくやるのですが、うまくいくときとうまくいかないときがあって、細かいデータはとっていないので、なぜうまくいったのか、いかなかったのかということがあまりよくわかっていないのです。議論を引っ張る子がいたらうまくいったり、集団の雰囲気が良かったらうまくいったり、ざっくりな感触しかないのです。

今後もそういった活動は行っていくので、今後安斎さんの研究を参考にしたいなと思っています。アプリをつくっていて、アイデアが出ない子がいるんですよね。僕自身は結構アイデアが出やすい方なので、アイデアが出ない子の思考があまりよくわからなかったのです。たとえば学生時代にインターンシップをした企業で自分が勉強した「アイデアの出し方」みたいな方法論を試してみたりはしているのですが、結局あまり良いアイデアは出てきません。

モノができなければいけないという条件があるので、技術ベースで、「この技術ならこの子はできる」みたいにある程度制限をかけているという理由もあって、あんまり良いものができないこともあるのです。

安斎:技術系のものを入れると難易度は上がる傾向があるのです。恐らく、大事なことは(授業構成という意味での)プログラムがうまくいったかどうかを自分たちで振り返る時に、参加者特性のせいにしないということです。たまたま良い参加者がきたからうまくいったという風に結論づけたりしてはだめです。言い方は悪いですが、全参加者が優秀でなくてもうまくいくようにプログラムをつくっておく必要があります。

それで実践の場で良い子がいたらその子を伸ばすようにファシリテートすれば良いので。僕も昔は自分の感覚に合わせてハードなプログラムをつくってしまいがちでした。町づくりなどで地域の人とワークショップをやると80歳のおじいちゃんが来て、「あ、そうか、ポストイットに書きながら話し合うこと自体が難しいんだなあ」といった気づきがあったりしますね。

もったいないから1枚のポストイットにびっちり文章を書く人がいたり、何も書かずに話し続ける人もいます。そういった経験から、絶対に書けることをまずお題として出して、まず一人3枚は書く時間を設ける。それを共有しながら喋っているうちにだんだんその場に馴染んでいって、そこからもう少し高度なことを要求して、という風に誰もがつまずきなくやっていけるようなプログラムをベースにするようになりました。そうしないと毎回の結果が安定しないのです。

増原:例えば僕の生徒だと三ヶ月くらいかけてやっと仲良くなって、喋れるようになって、アイデアを表明できるようになる、というような子もいるのです。ワークショップは一日で完結するイメージがあるのですが、継続的にアプローチしていくようなワークショップも有効なのでしょうか。

安斎:ありだと思います。アーティストとかだと半年かけて一つの作品をつくるというパターンもあります。僕がもともと学部生の時にやっていた私塾みたいな活動は月一ペースで同じ子たちにやっていました。

増原:テーマは毎回変えるのですか?

安斎:そうですね。こういった中学生向けのワークショップを年に一回参加者を募集して、20人くらいの会員制で会費をもらって、コンサルタントの方、盲目の方など色んな方をゲストとしてお呼びして毎月やっていました。冒頭に言った子どもたちのもの凄い変容みたいなものは半年とか数ヶ月経ってやっと見えてくるものだとは思います。

ですので、ワークショップ実践をある種コミュニティー的にやっていくといのは良いと思います。それで初めて見えてくるものもあると思うので。その場合大事なことは、フルコミットで関わっていると、もっと中心的に関わっていきたいという欲求が参加者の中に生まれてくるので、そういった子たちを参加者からスタッフに引き上げる仕組みをつくっておくことですね。そういう風に参加者がどんどん運営側になっていくという構造があると非常に良いですね。

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 LEGOを使ったワークショップの様子

ワークショップのスケーラビリティ

前島:僕もそう思いました。結局ワークショップで良質なアウトプットを出す為に大事なものは、日常においても重要なことだと思うんですよね。役立つものだし。一億総ファシリテーターではないですが、みんな素養はあって良いと思うのです。でも、ただ研究者がそれを布教しているだけだと限界があるので、その人がいないと広まらないような属人的なやり方だと凄く狭い活動として終わってしまいますよね。

ですので、循環するよう活動と言いますか、ある程度研究者の周りについて活動したらあとは卒業していって活動領域がどんどん広がっていくというようなことが重要なのだと思いました。

安斎:そうですね。まさに。

前島:僕も2013年に水越先生と一緒に東京都の中央区で50歳くらいの方々を対象にワークショップをしたんですよね。「メディアリポーターになろう」というテーマで、他者と創発し合いながら、その人の人生体験などを掘り出し、一つの作品として作り上げるようなことができるようになってもらう、というファシリテーター教育のようなことをやっていました。

それは2年間かかるプログラムなのですが、卒業生たちは自分で動けるようになって、そのやり方や考え方を中央区の受講生ではない他の方々に伝授できるようになるというそんなプログラムでした。そういう動きは面白いと思います。

増原:相手の属性が異なると同じやり方でやってもうまくいかないのではないかという思いもあります。それでも、こうやれば良いというアドバイスはありますか。それは安斎さんの本を買えば良いということでしょうか。笑

安斎:もちろん本にはある程度一般論的なことは書いてあります。難しい問題ですよね。もちろん参加者属性によって変わる部分ももちろんあって。ただ、「失敗しないための方法論」はある程度原則化できると思います。たとえば「いきなり話をはじめないで、必ず一人で考える時間をとって、紙に書いて文字化してから」とか、そういう小さな鉄則は定義できます。他にもアイスブレークの仕方とか、自己紹介の仕方とか。

 

参加者の能力に左右されないワークショップづくりを

増原:先日、中高生たちが集まって5人一組くらいで、アイデアを考える時間も含めて三日間でwebサービスなりアプリなりサービスをつくろうというイベントをやりました。子どもたちはそういうイベントに出たことが無い子がほとんどで、それぞれ持っている技術は違う子たちです。一日目まるまるみんなアイデアに使ってしまったり、まとめるのに時間を使ってしまったりということがありました。アイデアは出るのだけれど、まとめることができないということが起こっていました。譲り合うグループもあれば、我が強い子同士が争うグループもあったり。

安斎:複数アイデアを出した時にそれを一つにまとめていくプロセスはファシリテーターにとって難しいことなのです。

前島:ハッカソンやサービスの開発一般に言えることですが、アイデア出しと制作の区切りはそんなにはっきりしていないことが多いですよね。

増原:してないですね。

前島:だから、設計自体はあいまいな方が良い場合があります。つくり出さないと見えないものもあので。

増原:でもみんなお互いがどれだけ作れるかわかっていないから、さぐりさぐりなんだよね。そのアイデアに決めちゃっても良いけど、果たして作れるのかみたいな。

前島:「良し悪し」という基準と、「作れる作れない」と言う基準が別の議論としてあるのですね。

安斎:難しいですねそれは。

増原:たとえばレゴを組んで何かをつくるというお題だったら、誰でもできると思うんですよね。

前島:みんな能力としては同列だし、お互い何ができるのか完全に把握できていますからね。先ほどの話で言うと「良し悪し」という基準という基準だけで議論ができる。

増原:アイデア出しとアイデアをまとめる段階に関しては仕組み化できていないので、いつも苦労しています。

安斎:ワークショップもそういった特殊な情報教育を行うといった目標が無い限りは、そういうお題を避けるのです。絵すら描かせないこともあります。絵を描かせると表現の力でだいぶ差がついてしまうのでレゴを使うんですよね。レゴは作り込めないので、なんとなくおおざっぱなものを作ってみんなで議論をするという方向に向かうで、ちょうど良いのです。

そういったスキル絡みの活動になってくると、どちらかというとワークショップ的なプログラムデザインの考え方を半分、もう半分はよくワークショップデザインと並んで語られる「インストラクショナルデザイン」というものを用いるべきかもしれませんね。

増原:それは何なのでしょうか。

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