【読了時間:約 5分

ウェアラブルから埋め込み型へ 

CNNが永遠の生命や空を飛ぶことを目標に掲げる研究者にとって、技術開発の焦点はウエアラブルから埋め込み(インプラント)へと移りつつある、という記事を書いています。iwatchなど、手に持つのではなく「身につけるデバイス」が話題になっていますが、技術者たちの視点は更にその先の「身体に埋め込むデバイス」に向いているということですね。

ウェアラブルから埋め込みへ、次世代機器は体内に「装着」

こういった現代の状況を考えると、僕たちがアニメや小説の世界のものだと思っていたサイボーグや超能力者の存在が現実のものとなるのもそう遠い未来ではないように思えてきます。そして、そうなった時に僕たちは彼らを「人間」と呼ぶことができるのでしょうか。こうした技術の発展は「人間の定義」をますます曖昧にします。

 

現代は4つのポスト状況である

フランス文学者の石田英敬は、現代は4つのポスト状況下にあると指摘しています。「ポスト」とは「〜の後、〜以後」を意味し、ある前提や状況が変わってしまった状態を表します。

石田の言うポスト状況は次の4つです。「ポスト•モダン」「ポスト•グーテンベルク」「ポスト•ナショナル」「ポスト•ヒューマン」です。「ポスト•モダン」は「大きな物語の終焉」とも言われる状況で、神のような唯一絶対の価値基準が崩れてしまい、人々の価値観がバラバラになってしまった状況を指します。「ポスト•グーテンベルク」はグーテンベルクが活版印刷術を発明して以来続いていた紙媒体を主な情報伝達手段としていた時代から、電子メディア主体の時代へ移行した状況を指します。

「ポスト•ナショナル」はグローバル化の進展により国家同士の境が曖昧になり、これまでのような国民国家の状態が成り立たなくなった状況を指します。上の3つのポスト状況は今回の記事の主題ではないので簡単な説明に留めておきます。

 

ポスト•ヒューマンとは

そして、「ポスト•ヒューマン」は近代までの「人間」の定義が変容してしまった状況を指します。例えば、これまでの「人間」の定義は一つの心に一つの身体、そして五感によって世界を認識するということが基本でした。

しかし、冒頭に挙げたような埋め込み型のデバイスを用いたとすると脳内に直接語りかけたり、AIを用いて同時並行的に思考を行ったり、紫外線などの不可視領域の光を観ることができるようになったりします。こういった状況はこれまでの「人間」の定義を明らかに逸脱しています。

技術によって沢山の人とコミュニケーションができるようになったり、情報検索が容易になったりとこれまで当たり前だった社会的な前提が変容することに関する語りを行う人は沢山いますが、それによって「人間」の定義までも変化してしまうことに関して意識している人はほとんどいないのではないでしょうか。

 

どこからが「人間」?

それでは、僕たちの身体がどれだけ変容したら「ポスト•ヒューマン」であると言えるのでしょうか。アメリカの心理学者スティーブン•ピンカーは、次のような仮説を提唱しています。

外科手術であなたのニューロンの1つを同等の入出力機能を持つマイクロチップと置き換えたとする。あなたは以前とまったく変わらないだろう。そしてもう1つ、さらにもう1つと置換を続けていけば、あなたの脳はどんどんシリコンの塊になっていく。各マイクロチップが正確にニューロンの機能を模倣するので、あなたの行動や記憶は以前と全く変わらない。違いに気づくだろうか? 死んでいるように感じるだろうか? あなたのものではない意識が入り込んだように感じるだろうか?

この一文は、そもそも「人間」の定義がとても曖昧なものであることを示しています。身体の一部もしくは全部が別のものに置き換わったとしても僕たちはあいかわらずそれを人間と呼ぶでしょう。(義手や義足を着けた人のことも当然、人間であると認識しますよね。)

最近の事例としては、ロンドンで活躍するアーティストのニール•ハービソンは完全な色盲として生まれ、全てのものが灰色に見える世界を生きてきました。しかし、色を音階に変換する装置を頭に着けることによって、「色を聴く」ことができるようになりました。そして、彼のパスポートの写真は装置を装着したままの姿です。すなわち装置が彼の身体の一部であると認められたのです。

 

実はスマートフォンでさえも人間の認識能力の拡張であると言えます。身体能力として感知できる範囲を超えて、遠くのものを見たり聞いたりできるのですから。そういった意味では僕たちはすでに「ポスト•ヒューマン」なのかもしれません。

 

[参考文献]

•石田英敬,『現代思想の教科書』、ちくま学芸文庫、2010年

•How The Mind Works, Norton 1997,

[Photo by Campus Party Europe in Berlin]

Credoをフォローする