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沖縄別教科書問題

沖縄県八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)でそれぞれ異なる中学公民教科書が使われている問題で、4月22日、文部科学省の前川喜平・初等中等教育局長が、同県の諸見里明教育長と同省で会い、来年度分の教科書選びも「3市町の共同実施が望ましい」と指導したという。

国の定めた法律では、一定の地域(この場合八重山地区)の市町村は同じ教科書を使用しなければならないとされているが、石垣市・与那国町では育鵬社の出版する教科書を使うのに対し、竹富町では東京書籍の教科書を使うことが問題とされている。竹富町側は、沖縄の抱える米軍基地に関する記述が育鵬社の教科書は少ないという理由で東京書籍の教科書を選んだようだ。それに対し、国があくまで石垣市・与那国町と同じ育鵬社の教科書を使うように求めたのが今回のニュースだ。

 

同じ教科書を使う理由

そもそも、なぜ国がなるべく全国で同じ教科書を使うように求めるのだろうか。批判があるように、国民の歴史観を国がコントロールするということもあるのかもしれない。しかしながら、ここでは戦後の教育行政の根底にある思想という点で考えていきたい。戦後の教育がずっと求めてきたものというのは、教育における「平等」である。

敗戦後、憲法においても「平等」が重要なものとされ、社会を成り立たせるために必要なこととして、「平等」が求められるようになった。それは当然教育においても重要だ。なぜなら、教育はその後の社会的地位や所得に影響し、そして、どのような生まれであっても平等に教育を受けられるこそ重要と考えられたからだ。

しばしば、全国統一学力テストの実施をめぐり、国と自治体の教育委員会が対立することがあるが、これも学力テストの結果をもとに点数の低かった地域の教育を見直し、全国にどうようの教育をゆきわたらせるためのものである。全国に「平等」な教育機会を保障することこそ戦後教育行政の使命だったのだ。

 

問題は単純ではない

同じ教科書を使うべきとする考え方もこの「平等」の精神を反映している面があるだろう。となりの市町村の教科書に書いてあることが、自分の地域の教科書には書いていない。そのことについては覚えなくていいのだろうか。その年代の子を持つ親などは不安に思うのではないだろうか。だからこそ、「平等」の教育を目指す国はなるべく同じ教科書の使用が望ましいとするのだ。

しかし、今回の問題は、沖縄の基地の問題や戦争認識の問題も絡み、何を教えることをもって「平等」とするか、という問題も含まれており、そこに地方の自治も一定程度認められている分複雑で、解決の難しい問題となっている。

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