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格安運賃で営業するタクシー業者が国を相手取り訴訟を起こしたという報道がされました。例えば760円以上など国が法律によってタクシー運賃を一定の幅で定めており、それ以下の価格で営業する業者に対して国が公定価格にするように求めたところ、それに対してあるタクシー業者が憲法で保障されている「営業の自由」を侵害するものだとして国を訴えたということです。

参考:「値上げ強制は損害」 500円タクシー、国を提訴』- 朝日新聞デジタル

 

憲法と営業の自由

そもそも日本国憲法には「営業の自由」を保障するという直接の条文はありません。しかしながら、現在では22条1項の「職業選択の自由」を保障するために当然「営業の自由」も保障されるというのが通説(一般的な考え方)になっています。

では「営業の自由」は常に認められるものなのでしょうか。他の「表現の自由」や「身体の自由」と全く同じに考えられるものなのでしょうか。答えはNOです。憲法には複数の権利が認められていますが、それらには絶対に侵してはいけないものから、「公共の福祉」のために抑制すべきものまでいくつかのグラデーションをもった保障がなされています。

いくつか分け方はありますが、今回は実際にこれまでの裁判でどのように分類されていきたかをご紹介したいと思います。

 

「精神的自由権」と「経済的自由権」

裁判実務では、国の法令などの違憲性を判断する際にまずは憲法上の権利を大きく「精神的自由権」と「経済的自由権」に分けます。そして、「精神的自由権」についてはかなり国にとって厳しい基準で違法性を判断し、「経済的自由権」についてはどちらかというと緩やかな基準で国の違法性を判断します。

この違いは「精神的自由権」のひとつである「表現の自由」を考えるとよく分かります。本来国の行動は政治、議会においてただされるものです。しかし、「表現の自由」が侵害されていると、その民主的な話し合いが正常に機能せず、政治を通して違法性がただされることがないため、裁判所がしっかりと見張らなければならないのです。

そもそも国民が国に対して意見を言うための保証である「精神的自由権」の方がより国民寄りに適用されるということですね。

 

経済的自由権の種類

そして、国の違法性が緩やかに判断される「経済的自由権」はさらに、国がそれらを規制する目的により判断の仕方が2つに分けられます。それは「消極規制」か「積極規制」か、という分け方です。「消極規制」というのは、規制しなければ、社会の人々に被害をもたらすために必要となる規制をいいます。

たとえば、風俗店の営業を規制しなければむやみに広がり、社会風紀のみだれや感染症の蔓延をもたらしかねない、といったものです。一方、「積極規制」は、規制することにより経済政策的に産業の発展を促したり、失業者の対策になったりするものです。こちらは公衆浴場の距離制限などの規制があります。

裁判所は「消極規制」については規制する以外に方法がないことを求めますが、「積極規制」については緩やかに違法性が明らかでなければ規制を認めます。この違いは、「消極規制」については、規制によって侵される権利と守られる権利が比べやすいこと、「積極規制」は経済政策の是非を判断することになりそれは裁判所の機能に適していないことが理由として挙げられます。

 

このように一口に憲法上に権利といってもすべてが同じように保障されているわけではなく、権利通しにもより重い権利と比較的軽い権利があります。さて、今回のタクシー運賃の価格については、どのような判断がなされるでしょうか。「営業の自由」とはどういう「権利」なのか、国がそれを規制する目的はどこにあるのか。憲法記念日というこの日にぼんやりと考えてみるのはいかがでしょうか。

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