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STAP細胞に関する問題で理研こと理化学研究所の名前をニュースで聞かない日はありません。そもそも理化学研究所とはどのような組織なのでしょうか。

 

歴史

理化学研究所は、物理学、工学、生物学などの研究が行われる国内唯一の自然科学系総合研究所です。国際的にも高い知名度を誇り、「RIKEN」の名称で知られています。ノーベル賞を獲得した湯浅秀樹や朝永振一郎が所属していたことでも知られています。

はじまりとしては1917年に政府の補助金と民間からの寄付金を元に設立されました。数々の研究成果を元に会社を数多く作り、それらを含めて「理研コンツェルン」と呼ばれています。「理研コンツェルン」は戦前は三井、住友などを含めた15大財閥の一つとして知られていました。

戦後、財閥とみなされた理研コンツェルンは解体されることとなります。理研本体は株式会社として再出発しましたが経営難に陥り、国の資金援助を受けた半官半民の特殊会社となります。そして1958年には「特殊法人理化学研究所」、2003年には現在の形である独立行政法人となりました。

 

実は原子爆弾を開発していた

実は理研は戦中に原子爆弾の開発を行っていました。日本では1938年からウラン鉱山の発掘が行われ、1940年に理化学研究所の仁科芳雄博士が「ウラン爆弾」(原子爆弾)の研究を命令したといわれています。研究には理化学研究所の他に東京帝国大学(今の東大)、大阪帝国大学(今の阪大)、東北帝国大学(今の東北大)の研究者が参加しました。

1941年に陸軍航空本部(陸軍)は理化学研究所に原子爆弾の開発を委託、アメリカ合衆国による原子爆弾開発計画である「マンハッタン計画」が開始された翌年の1943年に、同研究所の仁科博士を中心に「ニ号研究」と呼ばれる原子爆弾の研究計画が開始されのです。

しかし、1945年5月の東京大空襲によって研究施設が消失したことにより原子爆弾開発の続行は不可能になりました。ちなみに日本の原子爆弾の開発にかけられた費用は2000万円であるのに対して、マンハッタン計画には当時のレートで100億円以上の資金がかけられています。

 

いずれにせよ、理化学研究所は現在日本を代表する研究機関です。STAP細胞問題によって深まってしまった疑念をいかにぬぐっていくのか、注目です。

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