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こんにちは、Credo編集長の前島です。前回のインタビューに引き続きは東京大学大学院総合文化研究科博士課程でスポーツ科学を研究されている太田啓示さんにお話を伺ってきました。同研究科で筋生理学を専攻する星野雄三さんにも同席してもらいました。

 

スポーツにおける「利得」とは

星野:スポーツの領域に経済学の考え方を入れようとしたのは面白いと思います。

スポーツは経済学的な「お金」の論理では成り立っていないイメージがあるので。

前島:たしかに、経済学で利得と言ったらお金の話だと思いますよね。しかし、先ほどから経済学の文脈で言っていた「利得」というのはお金のことだけではありません。いわゆる精神的な満足や充足感のような効用も含みます。ということでよろしいですよね?

太田:そうですね。スポーツで言う利得は得点や勝敗ですね。たとえば先ほどのバスケの例だと確率的に見れば3ポイントシュートを連続して打つのは良くないけれど、例えば20点も差がついてしまったときに、逆転するためには3ポイントを打っていく方略をとりますよね。

そうしなければ、時間的制約の中で必ず負けてしまう。というふうなところで、その時の基準によってどのような行動が最も利得を最大化するのかということは変わってきます。野球でも、バントをするのが得点を一点を取りにいくためには確率的には高い。

しかし、取れる得点の期待値は普通にヒッティングしていった方が高い。という風に価値基準が変わってしまうので、何が一番良いのかというのは、なかなか定義しにくいものではあります。その辺が、さきほどの研究を実社会に落とし込んでいくときに批判される部分ではありますね。

 

研究者としての立ち位置

前島:「研究を実社会に落としこんでいく」という部分はどうするのでしょうか。別の研究者がどう応用するかっていう研究をやるのを待つのか。

太田:たとえば今のままの形の研究だと社会的に応用できないという批判されてしまうので、やり方を変えるというのはあまりやりたくないですね。この研究だとこれは確実に言える、と言うようなものを何本か重なって知識の体系として積み重ねていきたいですね。

星野:そうですね。何に役に立つのかよく分からないけど、現象として確認ができたということがピースとして集まったらアカデミズム全体に飛躍が起きて、「あ、俺あの時、やっている意味が分からなかったけれど、ここで繋がるか」ということが起きたらいいですよね。世の中の現象って結構そういうのがあるから。

前島:それよく分かります。少し広い話になるのですが、社会の構成要素としては、三者必要だと思っています。一つはバリバリの社会派、実社会でビジネスやったりして生きている人。もう一つは研究だけをひたすらやっている人ですね。そして三つ目の要素として、その両方をまたいでいる人が必要だと思うのです。

たとえば前回インタビューした安斎勇樹さんという方は学問と社会的活動の両軸だということを明言していていました。ですから、社会にすり寄らずに研究に邁進するということは良いことだと思うのですが、一方で今日本には両足突っ込んでいる人が足りていないと感覚的には思いますね。

太田:安斎さんの仕事はどういうものなのでしょうか。

前島:元々彼は教育工学をやっていて、今はワークショップを活かして人の創発性やコラボレーションの研究をやってらっしゃいます。そして、そこで得られた知見を企業の商品開発に活かしてもらい、実践の場で得られたデータをさらに研究に応用するというサイクルを回していらっしゃいます。

太田:まさに中間的な役割をしているのですね。そういう人たちは確かに不足していますね。僕も実はそういった実践に最近取り組んでいるのです。東大で科学技術インタープリター養成プログラムというものがあります。

まさに社会と科学技術というものを中間的に架け橋になるような人材を育成しましょうという取り組みなのです。研究者としても研究ばかりじゃなくて社会にも目を向けという風潮は感じます。一方で、それは一つのやり方としてあるとは思うのですが、基礎研究をしている人にもっと実社会に即した要素を入れて研究してくださいと言っても恐らく成り立たないですよね。

そういった人たちは、研究は研究としてやりましょう。でも、それだけではダメだから、研究とは別にある意味サイエンスカフェ(カフェなどで科学者と一般人が科学を話題に気軽に話す活動)のようなところで一般の方とつながっておくというのは重要かもしれないですね。

 

科学とメディア

前島:イギリスではそういったことがすごく盛んらしいですね。

太田:詳しいですね、イギリスはそうなんです。そういう、サイエンスコミュニケーションという考え方は元々イギリスから来ています。日本もそういったことに目を向けなければいけないという流れもあります。

その実例として最近だとSTAP細胞といった研究成果を周知しないといけないから、理研の中に広報室をつくって理研でやっていることをPRしていこうとしたんですよね。一方でそういった意識が強くなりすぎてしまって、30代の女性がすごい研究を成し遂げたということを持ち上げすぎてしまったということがあると思います。

壁紙を黄色にしたり、割烹着を着せたりある意味でデフォルメさせながら。それで今捏造かもしれないということになっていますね。そして科学に対するイメージが悪くなっている部分があると思うのです。この流れを見ていると科学がメディアにとりあげられることが良いことなのか悪いことなのかわからない部分がありますね。

前島:なるほど。確かに、もちろん捏造だったらダメな事なのですけれど、科学に失敗はつきものじゃないですか。ある意味社会にすり寄りすぎてしまって、センセーショナルな形でデフォルメされすぎたせいで全く関係ないところの問題なのに、科学全体の問題にされてしまっている部分はありますよね。小保方さんの化粧や服がどうだとか。

太田:全くその通りですね。だから、人となりを伝えるということは実は一般の人の科学への関心と切り離せない部分がありますね。今回のSTAP細胞たとえば60代の男性が開発していたらメディアはこれほど食いつかなかったと思います。

星野:そもそも、科学的な組織はそういうところにすり寄る必要があるのでしょうか。

前島:今回の場合は理研の戦略があったのだと思います。安倍政権がすごい額の補助金をつけようとしていたのです。それで、国民の理解得なければならないので、こんなに若い人が活躍していて、こんなに世の中のためになるというアピールがいきすぎちゃったのかもしれませんね。

 

なぜスポーツ科学を志したのか

前島:学問的には心理学から移って来られたんですよね。なぜ今の研究テーマにいきついたのでしょうか。

太田:研究のテーマを模索していたら、実は同じようなリスクの事をやっている他の研究チームがあって、面白そうだと思ったのが最初のきっかけですね。それは東大ではなくて海外のチームです。

僕はスポーツ心理学者になりたかったので、心理というテーマは外さないようにしました。その中で、スポーツ科学と行動経済学の組み合わせという未開拓かつ面白そうなテーマがあったので、やっているという感じです。

前島:未開拓の分野に取り組むことに関してリスクは感じなかったのでしょうか。

太田:研究者全般そうですが、今までと同じことをやっていても当然オリジナリティは生まれません。研究の意義があるかどうかはまだわからないにしても、もしかしたら将来、新しい知識をどんどん生み出していけるような新領域をやるほうに個人的にはモチベーションを感じました。

前島:Credoの読者は10代後半から20代、30代ぐらいまでなので、その世代の人から「やりたいことが見つからない」という悩みをよく聞きます。ある意味では博士までいってしまうような情熱を傾けられるものをどうやって見つけていったのかということをお聞かせ願えますか。

太田:僕はスキーを長いことやっていて、スキーがうまくなりたいという欲求がスポーツ科学に興味を持ったきっかけなんですよ。

前島:スキーはなぜはじめたのですか。

太田:スキーは、父親の影響ですね。競技スキーは高校から始めました。中学は遊びでスキーをやっていて、赤と青のフラッグを通過していってタイムを競うような競技スキーを高校からはじめました。

当時周りが経験者だらけで、競技スキーをやった事がある人の中に、初心者の自分が入ってきて、まったく太刀打ちできなかったのです。それでどうしたらスキーがうまくなるかを考えた時に、科学をやろうと思い至りました。

「心技体」の心の部分で勝負してやろうと思って、こういったスポーツ心理という領域に入ってきたのがきっかけです。メンタルトレーニングの本を読み、高校の時に講習会のようなものがあったのでそれに参加して勉強して目標設定の方法や、リラクゼーション法をやったりして、興味を持っていったのです。

それで最初は自分がうまくなることを目指していたのですが、だんだん研究の方に気持ちが向いていきました。

前島:面白いですね、心技体の技と体は昔からやっていた選手には勝てないので、心を鍛えようとしたのですね。

太田:そうですね。一方で、実は大学の時には技の方にも興味を持っていて、上手くなるためにどうしたらいいのか、運動を学習するっていう事はどういうことなのかということに対して興味を持ちはじめました。今、工藤先生という方の研究室にいるのですが、その方は運動学習の専門家というか、「巧みな動き」の専門家なのです。

前島:巧みな動きとは?

太田:トップの選手がなぜあんなにうまくできるのかっていう風な研究のことです。その先生の元に入って来たので、最初は動きの癖の研究をしたかったのです。僕はお箸の持ち方が下手なのですが、どうやれば矯正できるのかといったことを研究したかったのです。

身に付いてしまった癖ってなかなか改善しにくいですよね。意識しているときは大丈夫なのだけれど、意識しないとすぐに元に戻ってしまう。それが何故なのかという研究をしたかったのです。周りの意見なども考慮しながら、だんだん今の形に落ち着いていきました。

 

前島:最後の質問です、これからどのような生き方をしていく予定ですか。

太田:できれば東大の先生になりたいですね。あとは、やっぱりさっき言った中間的な立場の人、僕もそういうところを目指しています。研究者でありながら、その研究を一般に伝えていけるような、あるいは、実社会からある程度意見が汲み取れるというか。

研究している人と実社会の価値観が違う中で、それを何とか中和していけるポジションに立てればいいなと思っています。

前島:今日はありがとうございました!

太田:ありがとうございました。

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