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こんにちは、Credo編集長の前島です。今回は社会哲学者の古市太郎さんにお話を伺ってきました。法政大学大学院で社会学を研究しているライターの山田さんも同伴しました。

 

研究の概要について

前島:早速ですが、これまでの研究の内容を教えてください。

古市:もともとは政治、経済、社会学、法学などを総合的に扱う早稲田大学の社会科学部というところにいました。東大でいうと教養学部のような何でもありの研究科です。それらの学問を総合するためには哲学が必要だということで、「社会哲学」という学問が存在するのですが、そちらの研究室に所属して博士課程までやっていました。

具体的にはドイツのハーバーマス、アクセルホネット、などフランクフルト学派に近いような学問をやっていました。しばらくは「共同性」、「他者理解」といったことを机の上で本を読みながら勉強していたのですが、理論だけでは「他者理解」という概念は理解できないと思い、博士課程の1,2年生の時にフィールドに出るようになったのです。

最初に訪れたのが東京都の月島でした。その時に月島で道案内をしてもらい、知り合ったおばあちゃんがいたのですが、その後月島の開発が進んで高層マンションが建ったので「あのおばあちゃんたちはどうしているだろう」という思いから在来の住民と新しく場所に入って来た住民との関係について学問的に思い立ちました。地域の変化の観察を通じて、私がこれまでやってきた共同性、他者理解というものを掘り下げることができると思ったのです。

前島:他者理解、共同性というのはどういった学問領域なのでしょうか。

古市:社会全体を語るような大きな話ではなく、身の回りの例で理解することができます。たとえば、なぜ家族とわかりあうことができないのだろう、というところから思索をはじめることができます。親族で、仲も良いのですがなぜ分かり合うことができないのだろうというところから考えを深めることができます。

あとは、私自身田舎の出身なので都市における人間関係の希薄化現象から思索を進めることもありました。たとえばフランス哲学のジョルジュ•バタイユは「カップルの思想」というものでそういった現象を説明しています。バタイユは仲良くなればなるほど人間関係が濃密になるのではなくて、他者性が深まると言うのです。

どういうことかというと、彼女と付き合っていて知れば知るほど彼女の知らない面が出てきますよね、そして自分自身も彼女に知られていない面が出てきます。そういったように追いかければ追いかけるほど「アキレスと亀」のように遠くなっていくということがあります。

私自身元々は他者理解というものは自分自身のあり方が他者の理解に吸収されるか、他者の理解に自分自身が吸収されるかの二者択一だと思っていたのですが、他者理解というものは今の説明のように限界点があるということを理解しました。

握手をする時にぴったりと手をつなぎ合わせることができないように、限界を持ちながら人は恊働しているのだということですね。思索の中で何かを一致して行うときもそこには必ず隙間があるのだということを理解したのです。そういったことをずっとやってきたのですが、今は一旦ストップしています。

その理由としては、彼らの思想の元には移民や難民の問題があるということに気がついたからで、途中まで理解できても日本人の問題にそのまま適用できないということに気がついからです。

前島:理論といえでもただそれだけで成り立っている訳ではなく、前提としている社会の中の現象があるということですね。当然現象が大きく異なる場合、同一の理論を用いて理解することはできない。時代や文化、場所などの制約があるということですね。

古市:そういった文脈を無視して語ることもできるのですが、語ったところで意味がないと考えました。もちろん根底にある考え方からは様々なヒントを得ることができました。それが博士過程の時ですね。

前島:修士課程ではどういった研究をされていたのですか?

古市:修士の時は本当に遊んでいました。98~99年頃は「インターネットが導入されたら社会は良くなる!」という言説で世の中は溢れていましたが「そうではなくてもっと良くない面もあり、両義的に抑えよう」といったような趣旨の修論を書いた気がします。

 

旅人になりたかった

前島:学部時代から一貫して一つのことを扱ってきたというよりは博士から本腰を入れて研究をはじめたのですね。

古市:そうですね。実は27,8歳ころまで旅人になりたかったのです。あまり学者になろうとは考えていなかったですね。リトマス試験紙的に色んなところに出かけていって「自分は旅人になることができるのか」ということを試してみて、なれないということがわかったのですが(笑)もともと旅は好きだったのです。

私は国境や川境といった際(きわ)が好きなのです。都合良く解釈すると、私が研究としてやっていた他者理解もお互いの理解の際(理解できる領域の限界)を理解するということなのですね。国内だと青森に行ったり、稚内に行ったりしましたね。

昔は深夜バスではなくて夜行列車で移動していたので、夜行列車に乗りながら思索に耽る自分に浸っていましたね。東京は違う新しい場所へ行く為の中継地というイメージがありました。

前島:危ない経験などはありましたか。

古市:大学3年生の時に行った南アフリカですね。到着してすぐに襲われて身ぐるみをはがされてしまいました。よく同じ場所でワールドカップができたと思うくらい治安の悪い場所でした。ドラゴンボールで言うと、界王拳3倍くらいだと思っていたら50倍で来られたような感覚です。

もう想像できないくらいの出来事でしたね。荷物は頑張って取り返しましたが。南アフリカでも際に行きたかったのでケープタウンに行きました。当時はエジプト、モロッコ、南アフリカはアフリカでもヨーロッパ資本が入っていたので、97年当時でも携帯電話を持っている人が多かったのです。

なぜかというと、アフリカは文字文化よりも口承文化が優勢ですので、電話が普及しやすかったらしいのです。僕が行ったときは、アパルトヘイト(※南アフリカで行われていた人種隔離政策)解放から2年くらいでしたので、黒人から白人への恨みももちろんありました。

僕が襲われたときは、「いずれワールドカップをこの国で開催したい。海外からの旅行者への対応をしっかりやりたいので警察に来てくれ」と現地の人から言われました。でも次の日警察に行ったら賄賂をもらっていてその事件はなかったことになっていましたけどね。

そういった意味では価値観も人も混在しているような状態でしたね。一方で、我々先進国と言われる国の人から見たらカオスなのですが、彼らの中では秩序の中に生きているのだと思います。

前島:経済発展の希求だったり、お金だったり彼らなりに何らかルールの基準となるものがありそうですね。

 

海外で見えた他者性、研究関心の遷移

山田:そこでもある意味の「他者」と会って、日本にも移民や民族問題というものはない中で、弟との間に感じた「他者性」は性質として違うと思うのです。身近な人にも他者性を感じることはできるけれど、日本における人間関係においては西洋から入ってきたバタイユの理論は使えなそうだと判断したのはなぜなのでしょうか。

古市:イメージとしては西洋の理論を日本においてもパラフレイズ(言い換え)できそうですよね。文化的なものや歴史的なものを超えて、自分が西洋の理論を日本における現象に当てはめることの責任を自分は持つことができるかどうかということを考えたのです。

そこで、責任は持てないと思ったのです。そこで、何かしら僕の中で鋭い独自の視点があれば、自分の主張を貫き通せたのかもしれません。旅行で行って海外で他者性を感じましたと行った時に、「あなた本当に他者性を理解できているか」と言われた時に答えられないと思ったのです。ある意味では謙虚だったのかもしれません。

前島:インタビューの前にいくつか古市さんの論文を読ませていただきました。その中で月島を例にして、現代社会においていかに地域の共同体を維持していくかというお話を書かれていましたね。(参考:『地域の意味連関の再編- 「月島地区」西仲通商店街の取り組みを事例にして- 』)今おっしゃっていた他者性の話から、共同体の維持にご自身の関心が移っていたのではないかと個人的には思いました。研究関心の移り変わりに関するお話を聞いても良いでしょうか。

古市:町が継続するには建物や景観といったハードの面と人と人との繋がりというソフトの面が必要だと思います。歴史や文化といった月島のソフト面を規定しているものを調査したいと思ったのです。

そこで、空間や時間に焦点をあてて、それらを総合的に扱っている理論としてデュルケーム(※フランスの社会学者)を勉強してやってみたということですね。もんじゃ焼きだろうが何だろうが、地域という空間的な縛りがある以上は空間と時間というものに規定されているのです。

たとえば夏になれば夏祭りがあるし、12月になったら年の市があり、年が明けたら餅つきがあります。外の人にとってはどうってことないのですが、中の人にとってはカレンダーに書いてある大事なイベントなのです。そういった、時間と空間性が彼らにとっての根底にあり、人はそれを崩すことができない。

ただ崩せないからといって規定されるものだけに従っているだけだとずっと昔のままなので、それをいかに現代の人が組み替えるのかということが重要です。時間や空間性にただ一方的に規定されるのではなくて、それを組み替えていくのが住民力と呼ばれるものだったりするのですね。絶えず組み替える力がある地域はうまくいくと思っています。

 

地域のあるべき姿とは

前島:今のお話ですと、古市さんの中に地域のある「理想像」があるように感じたのですが、それはどういったものなのでしょうか。

古市:私の理想は他の地域のことを知らない地域です。その地域の中の人がただ淡々と、満足しながらやっていれば良いと思うのです。他の地域に対して有名にならなくても、中で完結していて良いと思うのです。

山田:町おこしというと人を誘致するイメージがあるのですが、もんじゃ焼きもそういった文脈で生み出されたものですよね。でも今のお話を聞くと、住民の相互関係の中で完結していれば良いということになりますね。

古市:平たく言うと、まず自分たちが楽しんでいるかどうかということが重要ですよね。それを外から見てフィーチャーしたりするのは自由ですが。外の人の顔色を気にしながらやっているのでは本末転倒ですよね。

たとえば静岡県清水町のおじさんたちが生み出したB級グルメのモツカレーは何度もB1グランプリからのオファーがかかっていますが、たしか、断っています。地域が外に対して閉じているというわけではなくて、そういったものに出なくても、自分たちが満足していれば良いのだと。

彼らがモツカレーを販売しているのも静岡など東海道本線の沿線くらいだと思います。地道にやっている感じがしますね。自分たちのためにやっていたのが、いつのまにか誰かの求めているまなざしを体現するということにならないようにしているのだと思います。

山田:イメージとしては、ほとんどのまちづくりが大都市からいかに人を呼ぶかということを目標にしているので向こうのニーズにいかに答えるかという形で自己を提示していますよね。そういった方向性とは違う形でまちづくりをやっていく方が良いだろうということですね。

古市:金融商品やFXなどと似たところがあると思うのです。たとえばB1グランプリはもう勝者が勝ち続ける土俵ができてしまっているのです。そうすると、一からB1グランプリに参加しようとしても勝つにはハードルが高いのです。金融商品市場で機関投資家と戦おうとするのと同じくらい無謀なのです。

相手は潤沢な資金を持つプロ集団ですから。そこに素人がいきなり入っていって勝てるはずが無いのです。無理にその流れに地域が乗る必要はないと思うのです。それならば、地域の子どもたちや地域の中に向けて施策を売った方が良いですよね。

【後編に続く】

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