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今回から”コノクニノクウキ”と題して、日本の若者のリアリティ(現実感)を追う連載を開始する。初回の連載テーマは恋愛だ。この連載が基礎にしている考え方ついてはこちらを是非ご一読いただきたい。

現在の特に10代後半から20代の若者がどのよう恋愛観を持っているのか、複数回にわたって追っていく。今回は都内の大学に通うはるか(仮名)21歳に話を聞いてきた。はるかは都外の実家から大学に通う4年生だ。既に就職も決まり、大学の課題に追われつつも、今は最後の学生生活を目一杯楽しんでいる。

 

西野カナより加藤ミリヤの方が共感できる

「加藤ミリヤの方が西野カナよりも共感できるんだよね」

はるかは「どんな恋愛がしたいか」という質問に対してこう答えた。

西野カナと加藤ミリヤは3~4年ほど前から日本の若い女性の間では”二大歌姫”らしい。若い女性の恋心を歌った歌詞が共感を呼び、うけているのだという。はっきり言って、二者の違いは筆者にはわからないが、その考え方には明らかな考え方の違いがあるとのことだ。

はるかいわく、西野カナは「何が何でも好きな人を自分のものにしたい」という思いを歌った歌詞が多く、加藤ミリヤは「二番目でも良いので好きな人から振り向いて欲しい」という思いを綴った歌詞が多いのだという。

しかし、はるかは加藤ミリヤの歌詞に自らの心情や体験を重ねているわけではない。

「ほんとのところはどちらの歌詞にも共感できないけど、彼女たちの歌詞みたいな生き方をしたら近い気持ちになりそうだなっていうのが加藤ミリヤ。だから小説を読んでいるような感じ。私の場合はあんな風に嫉妬してつらい思いをしないように自分にブレーキかけてるんだよね。」

 

異世界としての恋愛

はるかの恋愛に対する姿勢は冷静すぎるほど冷静で、純愛ドラマやラブソングは娯楽の対象以上のものではないらしい。

「純愛ドラマ観たりすると、ほっこりするけど異世界だなーって思って観てる。自分がああなりたいとは思わないんだよね。」

現在は彼氏がいないと言うはるかに対して、なぜ彼氏を積極的に求めないのかという質問にこんな答えがかえってきた。

「恋愛って疲れるんだよね。好きな人が別の人といて嫉妬したりとか。そういうつらい思いするくらいだったらしなくても良いかなーって思う。」

それでも人が恋をするのは、相手と過ごす時間に意味を感じたり、人と認め合うことを求めるからではないだろうか。一方ではるかは恋愛をして相手から認められる必要を感じないのだと言う。

「私って親から褒められて育ってきたし、今もそうだから。自分を認めてくれる存在ってこれ以上必要ないんだよね。」

彼女にとって自分を認めてくれる存在は親がいれば十分で、自己承認欲求の対象として恋愛の相手をみていないのだ。

 

自分が自分でなくなってしまうのが嫌

「逆に、恋愛モードの自分が嫌だ。他のこと全部見えなくなっちゃうっていうか。後々後悔しそう。」

彼女は、自分が今の自分ではない自分になってしまうことが怖いのだという。逆に、彼女にとって日々の目標は「心が平穏でいること」なのだ。そして、彼女の人生において重要なのは、心が平穏でいるように自らコントロールすることなのだという。

「遊んでいるときとか、飲んでいる時が一番楽しい。そういう時って自分で自分の感情をコントロールできている時だよね。」

心の安定を阻害するものはたとえ恋愛であってもタブーなのだ。読めない相手の心や行動によって自分の心が振り回されるのが嫌だという。

「結婚はしたいよ。でも正直自分が好きな人以外の人からの好意は雑音かな笑」

十分すぎるほど自己を肯定され、ただ心の平穏を求めている彼女にとっては人からの好意さえも雑音なのだ。一方で親から十分な承認を得ながら恋愛相手に依存し、自己承認を求める人もいる。この違いは一体何なのだろうか。はるかの話からだけではわからなかった。

 

日常を脅かすものとしての恋愛

日常に特に足りないものがなく、彼女にとって恋愛はもはや人生の目的や、自己の存在を確かめるものとしては機能していない。コントロールのきかない他者が自分の感情に介入してくるものである恋愛は彼女にとってはリスクとすら捉えられている。

社会学者の宮台真司は1980年代の少女が毎日変わり映えのしない日常の中で、自分の存在が無根拠であることからあえて目を背け、ブルセラやテレクラに通いながら欲求に従って日々を浮遊するように生きる様を描写した。

はるかの場合は、すでにその存在は肯定されすぎるほどされており、根拠づけは完了している。逆に、”その根拠を揺るがしうる出来事”としての恋愛は、なるべく日常から排除されるべきものとなっているのだ。

はるか一人の例から1980年代と比較した若者の在り方の変化を読み解くことは乱暴ではある。少なくとも、彼女は「決断主義」的な生き方を選んでいるということは言える。いつまでも終わらないかも知れない自分探しをしたり「自分とは何か」を考えるのはやめて、親からの承認によって「一旦これでよし」としているのだ。

 

はるかは最後に少し感傷的な表情になりながら、こう語ってくれた。

「私、冷たいから友達には理想とか期待とか持たないし他人は他人って考えてる。自分が親友だと呼べる子がいなくなっても自分が平然と生きてそうで悲しくなったりもする。対照的に、家族や彼氏のことは真剣に考えてるからその分影響が大きいんだ。」

彼女がこれまで話してくれたこととは矛盾するような言葉だ。恋愛をしたいけれど、自分の世界が壊されてしまうことが怖くて一歩踏み出す事ができない。そんな葛藤が垣間見えた。

 

引き続き、若者たちの恋愛観を追っていく。-恋愛編②へつづく-

photo by Osamu Uchida (写真はイメージです。)

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