命を羽含む(=育む)社会へ 代理母出産 選ばれなかったダウン症児

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命を羽含む(=育む)社会

日本の子育ての原点は、 親鳥が卵を羽で包んで育てる「羽含む」を語源とした「育む(はぐくむ)」からきているといいます。

代理母は、そんな命の育みに新しい選択肢をもたらしました。そして、生殖医療の発達や医療のグローバリゼーションの流れによって、命の育みに新たな葛藤が生み出されています。

代理母による出産とは、子を望む不妊夫婦が他の女性と契約を結び、この女性が夫婦の受精卵、もしくは夫の精子によって妊娠、出産し、出産後に赤ちゃんを契約した夫婦に譲り渡すことをいいます。(下の図を参照してください) スクリーンショット 2014-08-09 10.10.31

(筆者作成)

タイで起きた2つの事例

タイで代理母が出産したダウン症児がオーストラリア人の依頼夫婦に引き取りを拒否されるというニュースが世界で流れ、話題になっています。記事は、こちらから読むことができます。

各メディアは、受け取りを拒否した夫婦への批判、ダウン症の赤ちゃんを育てているタイ人女性への賛美といった論調で報じています。 また、同じタイのコンドミニアムで身元不明の生後1か月〜2歳の乳児9人が保護されました。

9人は全員代理出産で生まれ、父親は日本人だったとのことです。人身売買の可能性があるとして調査が始まっています。記事は、こちらで読むことができます。

 

今回の事例は、起こるべくして起きた

今回の2つのニュースは決して目新しい内容を持っているわけではありません。 アメリカ国内では、代理母出産によって生まれた子どもが障がいを持っていたことを理由に、依頼夫婦が受け取りを拒否した事例は1990年代前半から報告されています。

インドでは2002年の時点で代理母出産を認める法律ができ、その市場は年間23億ドル、25000人以上の赤ちゃんが生まれているといわれています。多くは、貧困層の女性たちが代理母となり、先進国から渡航してきた夫婦と契約を結びます。

先進国の不妊夫婦は子どもを得ることができ、代理母には大きな金額が支払われます。法と制度の隙間をぬって生まれる代理母出産と人身売買は、常にその危険があると懸念されてきました。

 

今回の一連のニュースは、20年前から予想のついた事態であり、一番の問題は、世界がこの20年間、このジレンマに対して何ら明確な答えを出せずにいるという点にあるのではないでしょうか。 代理母が善か悪か、という議論をしたいわけではありません。

不妊には当事者でなければわからない辛さがあるはずです。ただ、昨今よく取り上げられる、医療の自己決定権の尊重という視点からこの話題を考えたとき、多少の違和感が残ります。 代理母出産によって、子を持つという判断を下すのは、あくまで親です。

子どもという、親を選ぶことの出来ない、全くの無防備でこの世の中に突然産み落とされる存在の意志や決定が反映されることはありません。 「産みの母」と「遺伝上の母」という2人の母がいることを成長していく中で知ったとき、ショックを受けることも予想されます。

生殖に関する話題は、繊細さゆえに公に広く議論されにくい風潮があると思います。 しかし、利用可能な技術があり、実際に多くの人が悩みを抱えながらも利用している現状をふまえると、社会全体で話し合う必要性は明確です。

 

医療が国境を超えている現状からは、一つの国内だけでの議論では足りないでしょう。   今回のニュースを受けて、タイでは代理母出産を禁止する法案が提出されたとのことです。

日本においては、2014年4月に自民党のプロジェクトチームによって、代理母制度に関する素案がまとめられています。 今回の一連のニュースは、起こるべくして起きています。これをきっかけに広く代理母に関する議論が進むことが望まれます。

そしてその議論の中心に、常に生まれてくる命の尊重があることを願います。 親鳥のいない、誰の暖かい羽にも包まれることのない子どもが生まれることのないよう、大人たちは良心とともにこの問題を議論する必要があります。

[参考文献]

廣井正彦(2002) 「代理懐胎をめぐる諸問題」 『産科と婦人科』 69巻6号 pp.743-752.

矢沢珪二郎(2010) 「Surrogacy (代理母あるいはサロガシー)」 『産科と婦人科』 77巻5号 pp.603-604.

Priya Shetty (2012) 「India’s unregulated surrogacy industry」 『the lancet』 Vol.380(2012年11月号) pp.1633-1634.

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