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お初にお目にかかります、Credoライター陣に加わりました、tsuvashiと申します。私は、かつて早大文構(文化構想学部)時代に新聞屋になりたかったのですが、次第に「記事の新規性よりも分析の深さ」「ファストさよりもデプス」が大切だと思えるようになり、理論的な考察の目を養うべく、東大文学部に転学し学び直しています。

それ故、Credoの理念の一つ「アカデミックなやさしい解説」に賛同し、執筆陣に加わりました。そこで今回は、「ファストさよりもデプス」ということで、少し遅いですが8月初頭に話題となった「慰安婦問題」を取り上げます。では早速参りましょう。

 

慰安婦は官憲が用意したのか

8月5日付けの朝日新聞が、自社のかつての記事の検証記事を発表し、訂正しました。それに対して大手他社は「それみたことか」と言わんばかりの態度です。

参考:【従軍慰安婦問題Q&A】朝日新聞の検証契機、あらためて注目集まる

この騒動の論点は「本当に官憲が公式に強制的に慰安婦を用意したのか」という点です。ここでは「官憲が」という主語と「公式に」「強制的に」という修飾語がポイントです。当時(1991)の朝日調査によると、官憲が韓国人女性を現地にて強制的に慰安婦に仕立て上げたとのことでしたが、それは撤回されました。

つまり、官憲による慰安婦の強制の事実はなかった、とのコンセンサスになりました。これに関し、石破幹事長が「国会で検証する」と発言してみたり、さらにその発言に反応して他社が「ジャーナリズムを守る」等紙面で呼応したりしています。

参考:【各紙読み比べ】朝日新聞の従軍慰安婦報道の「誤報」 分かれる各紙の反応

翻って、本記事での着眼点を申し上げます。

実は、国内の政治家やマス・メディアが注目する点、すなわち他ならぬ「官憲」が「強制的」に慰安婦を用意したか、という点は、国際的な観点においては重要ではありません。

日本の政治・マスメディアのロジックを採用すると、「官憲」ではなく、「民間」の「業者」が用意すれば問題なかったということになりますが、それでいいのでしょうか。そもそも「慰安婦」という存在は許されないのでしょうか。そして、人は性への関わり抜きで生きられるのでしょうか。

この問題を「外交」問題として捉えるならば、国際的にどのような観点から見られているかを把握することのみが重要で す。国としての自意識ばかり参照しても詮無いことです。そのためにも以下で、ユニバーサル性のある「学問」を参照したいと思います。

 

学問的には、国家による条件付き「管理売春」が肯定される

Credoの理念に従い、以上の問いに「理論」「学問」はどう答えてきたのかをまとめます。実は、近代以後の戦時中の兵士の性欲の処理という問題は、既に1920年代にヨーロッパで思考されています。

ドイツ人のマグヌス・ヒルシュフェルトという人が、『戦争と性』という1930年に原著初版が出された本のなかで、第一次世界大戦の反省を踏まえ思考しました。この本は最近宮台真司氏の働きかけで邦訳が復刊されました。氏による解説も参照しながらまとめます。

 

ロジスティックスの一環としての性の供給

「慰安婦」の問題は、近代に生まれたものです。なぜならかつての戦争は、昼間は戦い、夜は家に帰る、というのが定番だったからです。しかし第一次世界大戦では、人類が初めて経験する果てしない持久戦が展開。夜になっても奥方が待つ家には帰れず、陣地に帰る他ありません。

それ故この時期から、戦争維持に必要な水・食料・武器を供給するための兵站(ロジスティックス)の中に、性の供給も組み込む視座が登場します。前提として、19世紀末のナポレオン戦争の経験を踏まえています。

ナポレオン戦争中の軍隊内と、兵士が帰還した戦後の社会に、性病が恐るべき猛威をふるいました。それ故、兵士の性病にどう対処するかが重大な問題だと捉えられてきました。

これは、性病による軍事力の損失を防ぎ戦闘力を維持する・ないし戦後の国内社会を保全するというアクチュアルな問題意識です。ロジスティックスの一環でもあります。

それ故、ドイツでは第一次大戦から、国家による管理売春が推し進められます。”「道徳的」な見地から、抵抗があるのは分かる。しかしどのみち戦争においては軍内での性病は蔓延しかねない。それならばきちんと、定期的な検査・感染予防知識教育・避妊具の配布等の施策のもとで「衛生的」に管理しきったほうが合理的である”、という算段です。

無論、時は近代社会です。つねに「女性の自由意思」に基づいているかどうかを絶えず確認し続ける必要があります。休暇が取れているか、性行為中に暴力を受けていないか、名誉は保たれているか、辞めたいときに辞められるか。

こういったヒルシュフェルトの議論を受けて、宮台がまとめる「近代戦争下で許される慰安婦の条件」は、

(1) 性病の蔓延を防ぐためにあらゆる手立てを尽くす国家による「管理売春」

(2) 人権の観点に基づいた「女性の自由意思」尊重

の二点です。これが、女性の自由意思尊重という「条件付き」の下での国家による管理売春の肯定のロジックです。

 

官憲による強制がなかろうと、国家は免罪されない~国際的な文脈

先述したような、日本の主たる文脈である、「官憲」による強制売春はなく、「業者」が勝手に女性を連れていって、軍の周辺で勝手に売春宿を展開しているだけだ、という理屈は、許されるのでしょうか。

もしその業者が「女性の自由意思」を侵害している場合、ヒルシュフェルト的には許されません。「業者」が勝手にやっていれば「国家」は免罪されるとする議論を彼は却下します。

ちなみに彼によるこの立論を汲んで、現在でも先進国の多数が売春を合法化し、性病リスクを最小化すべく公的に管理しています。それ故宮台は、今回の一連の国内でのつばぜり合いを不毛だとします。

ただ問題なのは、慰安婦となった女性たちの自由意思が守られていたかどうかのみで、国際的には、日本軍が組織的に売春婦たちを「利用」していたという事実が問題視されていると主張しています。

以上、本稿ではマスメディア・政治的・ないし情緒的に反応するような流れからあえて外れ、「慰安婦問題」を徹底的に学問的に考察しました。今後も我々Credoは、独自の観点からvalueを打ち出してゆきます。

追記:学問的な裏付けはないですが、神奈川新聞も同じ論点を出しておりました

[参考文献]
マグヌス・ヒルシュフェルト、2014年、高橋洋吉訳『戦争と性』明月堂書店(原著は1930年、邦訳初版は1956年)
宮台真司、同上書中の「解説」
Videonews.com 2014年8月9日「朝日の検証記事で慰安婦議論は正常化するか

Photo by MIKI Yoshihito

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