【読了時間:約 5分

テクノロジーの発達はとどまる所を知らない。多くの人がこのテクノロジーに期待をよせる。分かりやすい例が”iPhone”だ。

iPhone 6発表が噂されるAppleイベント、9月9日開催で正式決定

「次はどんな機能」「次はどんなデザイン」などapple社のプレスリリースは僕らに希望を持たせてくれる。moこの記事でも紹介されているように、iWatch、iTimeなどのウェアラブルへの期待も大きい。このウェアラブルを始め、便利さはどんどん進化していく。

そんな最中、ロンドンを中心に活躍するBanksyという覆面アーティストは最近、このようなイラストをTwitterにポストしていた。


スマートホンが人の腕に寄生しているイラストだ。いつの間にか、自分たちの人生はスマートホンに左右されていたと考えると、鳥肌が立つ。今回は技術の進歩は果たして私たちを幸せにするのか、ということについて考えてみたい。

 

「便利」って幸せ?

以前、NIKEのCMを題材に、「データはスポーツを超える事はできない」というタイトルでデータ化によって加速する想定可能な社会つまり、テクノロジーが極限まで発達した社会への危惧について書いた。(「W杯、データはスポーツを超えることはできない」)

「便利」をキーワードに発展してきたデータを利用したテクノロジー、そしてそのテクノロジーを享受する僕ら人間。頭にチップを埋め込み、何でも記憶できるようになるという話も良く耳にする。確かにこれは「便利」に当てはまる。

しかしながら、「便利」を手にした僕らに待ち受けているのが「幸せな生活」かどうか聞かれたら、素直にうなずくことができるのだろうか。

この映像は、テクノロジーによって極限の「便利」を手に入れた男の話である。この作品は海外の美術大学の生徒が卒業制作として作ったものである。映像内の技術は多少、非現実的に見えるが、グーグルグラスが発展したらと考えると…”not-too-unrealistic”つまり、まだ現実的なものとはなり得ないが、近い将来に実現する可能性がある。この映像の作成者たちもそのようなことを述べている。

Sight from Robot Genius on Vimeo.

参照記事:Beautiful short film shows a frightening future filled with Google Glass-like devices

 

ライフスタイルを変化させるテクノロジー

技術が人々の生活を変化させてしまった例はいくつもある。例えば、幸福の代名詞である「ブータン」。

ブータンでは幸福度が低下傾向にある。韓流スターに憧れ、「韓国に生まれたかった」という女の子がいるほどだ。断言はできないが、インターネットが普及をしたことで自国と他国を比較できるようになり、井の中の蛙状態だったブータンが現実を知らされた結果、幸福度が下がったのではないかと考えられる。

実際にブータンでは1999年にインターネットが解禁されてから、世界で価値が置かれているもの(車、家、携帯電話など)が可視化された。その結果、物欲に走り、ローンを組んでまでそれらを購入する若者が増加した。それはブータンでも大きな社会問題になっている。

参照記事:ブータン激動 「世界でいちばん幸せな国」の未来 “幸せの国”ブータンの教育事情[後編]

筆者は以前の彼らのように節制した生活をしろと言いたいわけではない。しかし、テクノロジーはいままで自分たちの生活してきたライフスタイルを簡単に変えてしまい、その人たちの趣味趣向つまり価値観を簡単に変えてしまう力を持っていることを理解してもらいたい。

 

こうした議論は学問的には「技術決定論」と呼ばれる考え方だ。「技術決定論」は技術が社会のあり方を決定してしまうというものだ。しかしこれだけ聞くと、既に社会がテクノロジーに支配されているといったような感覚を持ってしまうが、まったく逆の考え方もできる。

それが「社会決定論」である。これは、人間の行為(ここで言うと、あるテクノロジーを採用すること)などが社会的な要因となって技術のあり方を決める、もしくは社会的な要請に答え、それにあわせて技術が発達するというものである。

因果関係で表すと、

「技術決定論」は【技術】→【社会、人間、文化】

「社会決定論」は【社会、人間、文化】→【技術】

というような構図になる。

学問的にはどちらが正しい理論なのかは論争中である。筆者としては、技術には「技術決定論」と「社会決定論」両方の側面がある、すなわち技術が社会を変えることもあるし、社会から求められて技術が生まれることもあるというのが実感だ。

だからこそ技術を「便利」の一言で片付けずに本当に私たちのためになるものなのか考える必要があるのではないか。読者としては「たかがiPhone一つで大げさな…」といったような感想を持つかもしれない。

しかしながら、このアーティストたちが描き出す未来は決して明るいものではない。「ゲルニカ」で有名なパブロ・ピカソは第二次世界大戦を予測していたという説もある。自分たちが熟考した上での選択が彼らの描く暗い未来に光を射してくれるのかもしれない。

Credoをフォローする