同性同士でも子どもができる?iPS細胞の論点まとめ

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9月12日、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターのプロジェクトチームによって作製されたiPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った網膜色素上皮細胞を移植する世界初の手術が、先端医療センター病院(兵庫県神戸市)で行われました。

これは、再生医療が踏み出した大きな一歩といえます。その成果に大きな期待を持ちつつも、一方で、まだ議論が十分になされていない部分が、この新しい技術にはあると指摘されています。その点を中心に今回の記事では紹介していきたいと思います。

 

iPS細胞とは

iPS細胞は、induced pluripotent stem cellの略語で、誘導多能性幹細胞とも訳されます。2006年、京都大学の山中教授らによってマウスの線維芽細胞(皮膚細胞)から初めて作製されました。2012年に山中教授はiPS細胞の樹立に対して、ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

iPS細胞によって、自分の体から直接必要な組織を作り出すことができれば、様々な難病の治療が可能になると大きな期待が集まっています。

対比として語られることが多いのが、ES細胞です。ですので、まずiPS細胞とES細胞の違いを説明します。

下の図を見てください。

名称未設定

出典:Learn Genetics(http://learn.genetics.utah.edu/content/stemcells/scissues/)

 

この図が示すように、ES細胞、iPS細胞ともに「多能性幹細胞」という様々な組織になることができる細胞ですが、それぞれ作られる課程が大きく異なります。

ES細胞:人の胚(受精卵)から作製する。

iPS細胞:皮膚や血液など、採取しやすい細胞を使って作製する。

このことによって、作製の際「受精卵」という生命の萌芽を滅失しなくてはならないES細胞に比べ、iPS細胞は倫理的問題が少ないとされています。

この他、自分自身の細胞から作製したiPS細胞を用いることで、組織を移植した際の拒絶反応が起きないというメリットも考えられています。

 

iPS細胞が問いかけること

「生命の萌芽」を滅失しないiPS細胞には、本当に倫理的問題はないのでしょうか?

実は、新たな問題が社会に投げかけられています。それは、「iPS細胞によって、精子や卵子を作ることは許されるのか?」という問題です。

すでにマウスのレベルで、ES細胞やiPS細胞から精子や卵子を作製することはできています。ヒトのiPS細胞から精子や卵子を作製し、受精、妊娠が可能になれば、不妊治療の選択肢として活用できる可能性があります。

日本においては、2001年の文部科学省の研究指針によって生殖細胞(精子や卵子)の作製に繋がる研究は禁止されていましたが、2010年に「ヒトiPS細胞又 はヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針」が公布され、研究に用いる細胞の提供者が生殖細胞研究への利用を認めていることや、作製された生殖細胞から受精卵を作らないことなどの条件下で、ヒトiPS細胞からの生殖細胞の樹立に向けた研究が可能になりました。

このヒトiPS細胞による生殖細胞の樹立から想定される未来が問いかけることは、

・iPS細胞という、皮膚などの採取しやすい細胞から作り出した精子や卵子から人間が生まれることが許されるのかという根本的な問い。

・同性愛のカップルという生物学的には子孫を残すことができないカップルの間にも、遺伝子を受け継いだ子どもができるという状況は許容されるのか。

(技術的には未確立であるものの、将来的には可能と考えられています(4)。例えば男性ー男性のカップルの場合、一人の男性のiPS細胞から卵子を作り、もう一人の男性の精子と体外受精し、代理母が出産するという方法をとれば遺伝的な繋がりのある子を持つことが可能となります)

・これまで通り精巣や卵巣から採取した精子や卵子と同様に、iPS細胞から樹立された精子や卵子、受精卵も慎重に扱うことができるのか。

・一人の人間から、卵子と精子をiPS細胞を用いて作製し、受精卵を作製することは許されるのか。(こちらも技術的には未確立です)

など、多岐に渡ります。

医療ツーリズム(異国や他の地域で医療サービスを受ける事を目的とした旅行)が行われている現代では、国内だけの規制では、規制の緩い国へ行って、医療を受けるという方法は残ります。

精子や卵子が何らかの理由で機能を失い、不妊に悩む人にとって、iPS細胞から自分の精子や卵子を作製し、子をもうけるという選択肢は画期的なのです。一方で、新たな問いを社会に突きつけます。

•ES細胞は、「受精卵を滅失してよいのか?」 という“生命のはじまりについての大きな問いを生み出しました。

•iPS細胞は、その問いを克服したとされていますが、また新たに“生命のはじまり方”についての大きな問いを生み出したのです。

この議論は、iPS細胞の技術が広く使用されるようになる前に、深めていかなくてはなりません。

 

iPS細胞の未来

iPS細胞をめぐっては、生殖細胞の作製の是非以外にも、

・iPS細胞が開発された今、ES細胞の実験は許されるのか(実際に現在も、多能性幹細胞に関して行われている研究の多くは、ES細胞を使用したものです)

・iPS細胞の安全性がまだ未確立(iPS細胞の作製の際、“遺伝子を導入する”というステップがあり、改善されてはいますが、これによって組織が将来癌化する可能性はまだ残ります)

などの議論があります。

新しい技術が開発されれば、必ず新たな議論が生まれます。

救われる患者さんのことを思うと、心が躍ります。しかし、一方で無視していはいけない議論も残ります。

技術の進歩とともに、社会の議論を深める作業も常に平行して行うことが、大切なのではないでしょうか。

[参考文献]
(1)標葉隆馬, 2010, 「幹細胞研究と再生医療をめぐる公共空間」『Japan Advanced Institute of Science and Technology 年次学術大会講演要旨集』25:870-875.
(2)文部科学省, 2010, 「ヒトiPS細胞又はヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針」.
(3)Learn Genetics, 2014, University of Utah Health Sciences, (2014年9月14日取得, http://learn.genetics.utah.edu/content/stemcells/scissues/ ).

(4)David Cyranoski, 2008, “Stem cells5 things to know before jumping on the iPS bandwagon.”, Nature,452(7186):406-408.

(5)Debra J.H. Mathews, et al., 2009, “Pluripotent Stem Cell-Derived Gametes: Truth and (Potential) Consequences”, Cell Stem Cell, 5:11-14.

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