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マクドナルドでは、「スマイル」が売られているが、みなさまはそのお値段を御存じであろうか。そう、「0円」である。

かつて若いころに、 マックの店員に「スマイルください」とふざけて言ったことのある経験をお持ちの方もいるであろう。逆に、店員として、それを「売っていた」人もいるであろう。

話は、マクドナルドに限らない。ファミリーレストランや、居酒屋にお勤めの方もまた、店員としてお客に「御愛想」を尽くすことを求められたことがあるだろう。

こういった、スマイルやら御愛想やらという「付加価値」を付与する産業は、「スマイル・インダストリー」と呼ばれる。働き手は、笑みを絶やしてはならないし、その笑みは「心から」発せられたものでなくてはならない。

以上のような事態を、「感情労働」として捉えてきた、感情社会学という学派がある。彼らの議論を引いてみよう。

 

感情社会学による研究

事の発端は、 フライト・アテンダント研究である。社会学者、ホックシールドは、以下のような知見を発見した。

フライト中、乗客のお世話を甲斐甲斐しく焼くフレイトアテンダント。彼女らは、たとえ自分の機嫌が悪いときでも、常に「スマイル」を絶やさずにいなければならない。無論、自分の本心とのギャップがあるときもある(微塵も笑いたくないときだってあろう)。

彼女たちは、そのギャップを埋めるために自分の心をコントロールしなければならない。かくして、職業生活において彼女らは不断の「感情マネージメント」をする必要に迫られる。

「心で泣いて、顔は笑って。」という事態ならば、まだ話は簡単だ。だが、感情社会学の知見によると、「顔は笑って」という「表層行為」をするために、多かれ少なかれ心の方もそれに引きずられる形で変形されるという。すなわち心も、笑っているという「表層行為」に合う形に変形される。これらの、自分の心を意図的に操作しようとすることを「深層行為」という。

 

エモーショナル・インテリジェンス化する現代

以上のことは、フライト・アテンダントに限らない。マックや居酒屋のようなサービス業にも限らない。ビジネスマンにおいても、「コミュニケーションの心理学化」が進んでいる。

上司として必要なのは、実務などの実力以上に、部下に肯定的な感情を引き起こし、共通の仕事に向けてのやる気を引きすためのコミュニケーション力である、とされる。

ドイツの社会学者・ネッケルは、以上の状態を「エモーショナル・キャピタリズム」と名付けた。個々人が職場でうまくやるために、マーケットにおいて成功するために、感情を効率よく「運用」しなければならない事態である。

その証拠として、感情や気持ちの持ち方に関する指南書や通俗的な解説本が「洪水のように」書店に並んでいる事態を挙げることができる。こうした自己啓発本の類は書店に山積していて、「購入してしまった」方も多いだろう。例えば、一時流行った、『スタンフォードの自分を変える教室』もそうだ(他ならぬ私も買ってしまったクチだ。)この本では「意志力」の具体的な運用法について、あの手この手の「科学的知見」が盛り込まれている。

こうした、感情を自身で認知的に引き起こす技術のことを「エモーショナル・インテリジェンス」と言う。脳科学や心理学など、「科学」を総動員して自分を変える、エモーショナル・インテリジェンス。

問題は、これら書物や技術の前提が「人間は自分の感情を自分で選ぶことができる」と主張している点にある。

だが、それは本当か。人は本当に、「感情」を自分で完璧にコントロールすることができるのか。できるとしたら、「感情」とは何なのか。「きれい」な感情は本当に是なのか。

以上の問題意識のもと、アニメや雑誌等を題材にしつつ、思想史や学説史を利用して継続的にこの問題について書いてゆく。

[参考文献]
A・R・ホックシールド『管理される心 感情が商品になるとき』2000年、世界思想社、
ジークハルト・ネッケル、2014年7月25日東京大学での講演会より

Photo by AbdulRahman Mohammad

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