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「優しい世界」という新連載を担当させていただくことになりました。Credoライターの橋本です。

私は小児科医をしています。病院で診察や治療に当たる生活を繰り返しているうちに、病院を出たあと、その子たちが本当に心身ともに健康に暮らしているのか気になり始めました。

社会の中で人は病気になり、健康になり、心を痛め、元気になり、不幸になり、幸せにもなります。病院の中だけにいては、その視点を忘れがちですが、病院も社会の延長です。

社会にどれだけ多くの優しい人がいるか、それが巡り巡って色々な人を心身ともに健康にするのではないかと考えるようになりました。

この連載は題名通り、「優しい世界」づくりを目指したものです。自分ではない誰かの立場に立って考えることから、「優しさ」は生まれると思います。この連載が、そのような機会になればと思います。

様々な境遇で生きる人たち、そうした人たちに寄り添う人たち。そんな人たちに会い、インタビューをしていきます。

あと1ミリでも世界が優しくなれたら。そんな願いをこの連載に込めました。

初回の今回は、田中さん一家のインタビューです。田中さん一家の3男の良さん(30歳)はダウン症です。

ダウン症とは?:ごく一部を除いて突然変異によって起きる、最も頻度の高い染色体異常症。本来2本である21番染色体が3本あることで生じる。最初の報告者であるイギリス人医師、ジョン・ラングドン・ダウンの名前から命名された。筋肉の緊張度が低い、知的な発達に遅れがある、生まれつきの心臓の病気を持つことがある、頸の関節が不安定なことがある、などいくつかの合併しやすい症状があるが、一人一人その程度は違う。

 

ダウン症の子を生んで

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 (田中さん一家)

橋本:良さんが生まれたときのことを伺います。いつ、良さんがダウン症だとわかったのですか?

お母さん:3か月健診で医者に検査が必要と言われて検査をして、良が4か月になったときにダウン症だという結果がきました。

橋本:それまでは全くわからなかったのですか?

お母さん:はい。でも、全然泣かないから、何かあるなとはずっと思っていました。

橋本:ダウン症とわかったとき、どんな気持ちになりましたか?

お母さん:とても落ち込みました。自分が何か悪いことをしたから、こうなったんじゃないかと自分を責めました。もうこの先、自分は一生笑顔になることはないだろうと思いました。今はこんなに笑ってますけどね。

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(お母さん)

橋本:お父さんはどのように思いましたか?

お父さん:私は、まずダウン症について調べました。全くわからなかったので。それから街を歩くと、自然とダウン症の子どもに目がいくようになりました。それまでは全く気にしたことはなかったのですが。

橋本:周囲の反応はどうでしたか?

お母さん:近所にダウン症の子どもを育てている友人がいるんですが、結果を伝えたら、自転車を息を切らしてこいできて、「きっと私と付き合ったからダウン症の子どもが生まれたの。ごめんね」って泣いてしまいました。

橋本:本当は誰にも責任がないのに、自分を責めてしまう女性は多いですか。

お母さん:ええ。(良さんが生まれた30年前と今は)時代は違いますが、多くの女性はまず自分を責めてしまうと思います。

 

僕が九九を教えるから

橋本:良さんが生まれた後は、大変でしたね。そんな中で、どのように立ち直ったのですか?

お母さん:この子のお兄ちゃん(当時小学3年生)が、知らぬ間に本棚のダウン症の本をとって勝手に読んでしまって、「良ちゃんダウン症なの?」って私に聞いてきたんです。答えに困ったのですが、小学校の同じクラスにダウン症の子がいてよく知っていたお兄ちゃんは、「それなら大丈夫だよ」って言ったんです。「僕が九九を教えるから」って。そこではっと気がついたんです、私にはこの子たち(良さんの2人のお兄さん)がいるって。もちろん、夫の支えも大きかったですよ。

橋本:すごくしっかりしたお兄ちゃんですね。

お母さん:そうなんです。あと、雨戸も閉めた真っ暗な部屋で落ち込む私を励ましに、毎日通ってくれていた友人がいたんですが、その友人が1か月を過ぎてもふさぎ込んでいる私をみて、「あんた何やってんの、いい加減にしなさい!良くんに失礼じゃないの!」って私を叱ったんです。それで少し前向きにならなきゃなと思いました。

橋本:お父さんはどのような感情の変化がありましたか?

お父さん:私は特別なかったですね。ダウン症とわかったときも、ああそうか、といった感じでした。自分の子どもですから、ダウン症だからどうとかそういったことはなかったです。まあ、深く考えすぎてもいいことはないと思っていました。

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(お父さん)

お母さん:色々あったけど、今は本当に心から幸せと言えるので、ありがたいことだなあと思います。(お父さんも深くうなずいている)

橋本:良さんのおじいちゃん、おばあちゃんはどんな反応でしたか?

お母さん:私の母は「しっかり育てなさい」と言ってくれました。夫の父も、普段何も言わないのですが、ある日、私に「良は手術しても治らないのかい?お金をかけても治らないのかい?」って聞いてきたんです。「治らないのよ」って答えたら、「わかった。そしたら今のまま、大事にしなさい」って言ってくれました。義父なりに心配をしてくれていたみたいです。

橋本:周囲の方の温かいサポートがあったんですね。

お母さん:ええ、とても恵まれていたと思います。

 

人間のいいところ、全部

橋本:ダウン症の子が生まれて、残念ながら家庭が壊れてしまったという人の話も聞きます。

お母さん:そうですね。本当に離婚してしまう夫婦も聞きますしね。生んだ母親の母親にその子を受け入れてもらえなかったおうちも聞いたことがあります。「そんな孫はうちにいらない」と実の母親に言われたら、赤ちゃんを生んだ母親も本当に辛いですよね。

橋本:とても辛いですね。ダウン症の人は合併症の程度で大きく生活が変わると思うのですが、良さんはどうだったのでしょうか?

お母さん:幸い良は健康です。入院もしたことないんです。そりゃあ、子どものころ風邪をこじらせたら本当にぐったりして心配もたくさんしましたが。ダウン症の子をたくさん知っていますが、一般的に持たれている印象よりずっと色んなことができますよ。少し、世の中がもっているダウン症に対するイメージはマイナスイメージに偏っている気がします。

お父さん:私はダウン症は人間のいいところを全部持っている存在だと思います。優しさとか、思いやりとか、周りを盛り上げようとするサービス精神とか。

お母さん:本当にそう思いますね。私たちは、良と一緒にいることができて、本当に幸せです。

橋本:良さんに伺います。今、一番楽しいことはなんですか?

良さん:ダンスをしたり、バスケをしたり、音楽を聞いたりしています。ダンスをしているときが、一番楽しいです。

お母さん:ダウン症者だけのダンスチームに入っているんですが、本当に楽しそうにやっています。私たちにとっても生き甲斐の一つになっています。

橋本:仕事は何をしていますか?

良さん:モスバーガーで働いています。

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(良さん)

お父さん:もともと滑舌が少し悪くて聞き取りにくかったんですが、忙しい仕事中は容赦なく「はっきり言って!」としごかれます。それが良くて、最近滑舌もはっきりしてきました。

お母さん:そうなんです。30歳になっても成長している姿がみられるんです。すごいなあと思います。

橋本:仕事は楽しいですか?

良さん:はい。楽しいです。

お母さん:ハロウィーンのときも、衣装を着て呼び込みとかしてるんですよ。お店のマスコットみたいに、皆さんに優しくしてもらっています。

 

出生前診断とダウン症

橋本:社会の目についてお聞きしたいのですが。30年前と今では、社会がダウン症に対して抱くイメージは変わったと思いますか?

お母さん:はい。だいぶ良くなっているとは思います。昔はこの子を連れて歩いていると、目を細めて見てくる人も多かったですよ。今はそんなことはありません。

橋本:そんな中で、「出生前診断」という技術が登場しました。検査でダウン症とわかると、中絶する方が多いようです。その傾向をみると、まだまだダウン症に対する社会の目は厳しいのではないかと思ってしまいます。

出生前診断とは?:妊娠中にお腹の中の赤ちゃんについて検査し、その子がダウン症であるかどうかを調べることができる検査。近年、母体の血液のみである程度の精度で診断が可能な新型出生前診断が日本でも導入され(確定診断には羊水検査が必要)、話題になっている。

お母さん:そうですね。ダウン症に対する社会の理解が十分だとは思いません。もっと理解が進むといいなとは思います。ただ、出生前診断をめぐる決断は、それは夫婦の問題ですから、私たちが何か言えることではありません。

お父さん:もし、良が生まれる前に出生前診断でダウン症とわかっていたら、すごく迷っていたと思うなあ。

橋本:どのような点で迷いが生まれていたと思いますか?

お父さん:「生まれたその子が、将来ダウン症ということに対してどう思うか」っていうことを悩んで、迷ったと思います。

橋本:なるほど。お父さんがその子に対してどう思うか、ではなくて、その子がどう思うかということですね。

お父さん:そうです。あるダウン症の子が「なぜ、僕はダウン症なんだ」って親に言う姿をテレビで見たことがあって、それを見たときにすごくショックでした。

お母さん:出生前診断は、本当にいろいろな迷いを生むと思います。「命を大切に」って言うけれど、当事者になったとき、そんなに単純にはなかなか考えられないと思います。

橋本:ダウン症に対する社会の理解は徐々に進んでいるけれど、十分ではない。その中で出生前診断という技術が社会に現れて選択肢が増えた分、大きな迷いを生んでいるということですね。

お母さん:そう思います。でも、どんな決断であれ、夫婦2人で決めたことであれば、私はいいんじゃないかと思います。夫婦が妊娠のときに抱く不安は、30年前も今も変わりません。

橋本:ダウン症に対する社会の理解を深めるためには、どのようにしたらいいと思いますか?

お父さん:私は、小さいころからダウン症の子どもと一緒に教育させることだと思います。小さいころに分けて育てて、大人になってからいきなり仲良くしろと言われても、難しいと思います。一緒に教育するとなると、色々問題が出てくると思いますが、少しずつそうなったらいいなと思います。

 

泣きたいときは泣けばいい

橋本:ダウン症の赤ちゃんを生んだあと、悩んでいる人に向けて伝えたいことはありますか?

お母さん:はい。とにかく「大丈夫ですよ」と伝えたいです。親も強くなります。そして、絆も強くなります。悩みを打ち明けられるタイプの人のほうがいいですね。そういう人はいつか立ち直ります。ダウン症の赤ちゃんを生んだ直後も気丈に振る舞いすぎているお母さんは逆に心配です。泣きたいときは泣けばいいのよって伝えたいです。

橋本:これからお父さん、お母さんになっていく世代に向けてメッセージをお願いします。

お父さん:今言えることは、「どんな子が生まれたって大丈夫だよ。その子はあなたたちの子どもだから、大切にすることができる」ということです。これはダウン症に限ったことではありません。とにかく、「なんとかなる!」と伝えたいですね。

橋本:今日は貴重なお話、本当にありがとうございました。

 

<編集後記>

今回、赤裸々なお話を良さんの目の前でお聞きしました。その話を聞いてる良さんがどのような気持ちになるか、インタビュー中も心配はありました。

インタビュー後、こんなメールを良さんのお母さんからもらいました。ご本人の許可を得て、掲載させていただきます。

「良が生まれた時の事を(落ち込んだ事)良の前で話すのは今までした事がなく、良がどの様に感じるか少し不安もありましたが、30歳になったし良なりに受けとめてくれるだろうと思い・・・控えめに話しました。本当は死んでしまいたい位でした。でも今は本当に良がいて良かったです。取材の後、良はいつも通り腹筋を30回やって夕飯を済ませ静かに音楽を聞いています。大人だなぁと思います。こんな日常です。ありがとうございました。どうぞよろしくお願い致します。  田中」

田中家の皆さん、本当にありがとうございました。

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