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こんにちは。Credo編集部の山崎です。今回はインタビュー企画の第5回として、日本学術振興会特別研究員PDでいらっしゃり、新宿歌舞伎町のフィールドワークを通じて地域社会の論じ方を研究されている社会学者の武岡暢さんにお話を伺ってきました。

前編では武岡さんが注目されている「共同性を前提としない地域社会」に関する理論的なお話と、実際に歌舞伎町で行ったフィールドワークについて伺いました。

共同性を前提としない地域社会

山崎  まず武岡さんが現在なさっている研究に関して、どんなことをされているのか簡単にお話いただけたらと思うのですが

武岡  僕がこれまでに歌舞伎町に関連して研究したことは大きく分けて3つあります。まず研究対象は新宿歌舞伎町です。これには、歌舞伎町の持つ固有性に注目して社会学的に考察しようという意図があります。今までの社会学でも地域社会学や都市社会学というように、ある空間的領域を対象にする研究はあったのですが、日本に限らずしばしば住宅街ばかり研究しているというようなところがあり、実は歌舞伎町のような歓楽街はほとんど研究されていないんですね。

日本でも、まとまったフィールドワークに基づいた歌舞伎町に関する研究はこれまでほとんどなかったので、まず歌舞伎町のようなこれまで扱われていなかった街を研究する時に、どういった概念の枠組でアプローチしていけばいいのかというところが非常に問題になるんです。このアプローチの方法を工夫したというのが、まずやったことのひとつですね。

そして、その枠組みをつかって実際にフィールドワークへ行ってそれを記述し、分析するのが2つめです。

3つめは歌舞伎町のフィールドワークデータを素材に、自分が提示した枠組で分析した時に、「なぜ歌舞伎町は存続してきたのか」を考察したことです。

山崎  都市社会学の歴史に関する質問なのですが、これまでの(都市)社会学では住宅街が主な研究対象となってきて、歌舞伎町のような繁華街は対象となってこなかったというお話でした。それはなぜなのでしょうか。

武岡  いろんな理由を挙げることができますが、まず1つは「データ等がそろっておらず、すごく調べにくい」ということがあります。あとは、むかし鈴木栄太郎という影響力のある社会学者が、「都市を研究するときは正常人口の正常生活を研究しなければいけない」と主張し、繁華街は都市研究にとって重要な分析対象ではないと述べた影響もあるかもしれません。

それに住宅街は調査しやすいですよね。地元の町内会に行って「この街のことを教えて下さい」と聞けばいいですし。そこに住んでいる人が同じですから、いつでも会いにいけるため訪問調査もしやすい。あとは統計も大変おおく揃っている。これが繁華街になると統計が揃ってなくて、グチャグチャなんですね。

あとは社会問題との関連という要因もあると思います。戦後すぐの住宅不足・住宅難で郊外に団地がものすごいスピードで造成されていたのですが、その頃はあまり現在ほど交通インフラも整備されていないので、「妻、子ども、老人たち」という存在は周囲と隔絶した郊外団地のような非常に狭い領域に押し込められていた。

そして、これが日本においては大気汚染や騒音などといった公害がもっとも苛烈だった時代であったことも重なって、社会学の中で「地域空間のなかにどういった形で人々のコミュニティを見出していくのか」という問題が一貫してテーマになってきたという事情もありました。そういう流れの中では、繁華街や歓楽街は研究対象として注目されづらかったという事情があったと思います。

もちろん繁華街に関する研究が全くなかったわけではなかったのですが、それは社会病理学というアプローチの仕方をとっていました。ただ、社会病理学という学問は、何が「病理」なのかという点を研究の事前に決めてしまっている点に関して批判がありまして、研究が少なくなってきたのが現状です。

山崎  これまでのお話を聞いていると、そもそも都市社会学の中では「繁華街」を分析対象としてとりあげるモチベーションがあまりなかったというようにも感じられます。その中で武岡さんが歌舞伎町の研究をしようとお考えになったのは、なぜだったのでしょうか。

武岡  あらかじめ事前にいただいた質問事項にも「何を明らかにしようとして歌舞伎町のフィールドワークを始めたのか」という項目がありましたけど、研究って必ずしも始める前から目的意識がはっきりしているわけではないんですね(笑) 研究というのは「なんとなく興味があったから始める」というものだと思うんです。僕もなんとなく歌舞伎町に興味があったからこの研究を始めたという感じです。

この研究を始めた当時思っていたのは、「誰も歌舞伎町の研究をやっていなかったからやってみてもいいんじゃないかな」とか「都市社会学といいながら繁華街のようなまさに「都市的」な空間を扱っていないというのは片手落ちなのではないか」とかいったことです。これが正直なところですね。

そして、実際に論文を書き終えてみてから言えることとしては、さっき言った住宅街を対象にした都市社会学や地域社会学の研究というのは、「人々が居住していることに基づくコミュニティというものを作りたい」というような関心がどこかにあって、ある「空間」と、そこに「住む」ということと、そこに「コミュニティ」ができるという3つの要素の結びつきを研究者が前提にしてしまっていることが多いのですね。

この枠組の抱える限界というのはたくさんありますが、たとえば人々の移動を捉えきれないことが挙げられます。通勤や通学を考えればわかりやすいですが、実際には人々はものすごく頻繁に移動をしていて、そうすると先ほど述べた居住者コミュニティの分析から「お父さん」(住宅街から都心部に通勤している稼ぎ主)という存在がぽこっと抜け落ちてしまうといったことが起きてしまいます。あとは、ホームレスといった人たちが住宅街の近隣に住んでいる場合に、住宅街の居住者が彼らを迷惑に思い排除しようとする流れを適切に捉えきれないというような限界もあります。

あとは最近また盛り上がりを見せている、都市におけるデモのような群衆的な現象もそうした居住者コミュニティの枠組からはしっかりと分析できない。デモのような社会を動かす要因になりうる現象が、いかにも都市的なかたちで起きるにもかかわらず、こういったものを全く扱うことが出来ないのは問題です。こういった限界を相対化するために、歓楽街のような誰も住んでおらず、人の出入りが激しく、「コミュニティっぽくない」空間に注目することは意義があります。

僕はある形の「共同体性」や「コミュニティ」というものを強く前提するやりかたには反対なんです。共同体にもいろいろな種類があって、負の共同性のようなものも簡単に想像できるにも関わらず、「近代化とともに共同性が失われて…」とかいうことが諸悪の根源のようにすぐ言われてしまうわけですね。僕はそういうのは議論の構造としてちょっと窮屈というか…(笑)

「共同体を復活させてまたみんなで仲良くしようぜ」とかそういう、単純に昔に戻ればいいみたいな予定調和的な議論はノーサンキューだなっていう気持ちが強くありますね。そういった意味で、もし共同性とかが前提とされていないにも関わらず、何らかの形でうまくいっている空間というものがあったら調べてみる価値があるのではないかと思うのです。

…という風なことが実際に研究をやった後ではいくらでも言えるんですが、あまり事前には考えていなかったですね(笑)

前島  「地域社会」と「歌舞伎町」ということを結びつけるのは、お話を聞く前にはちょっと違和感を感じていました。というのも「地域社会」というとある空間的な範囲があって、そこで住民同士の相互作用があり、ある程度固定されたものだというようなイメージがあったのですが、一方で歌舞伎町はある一定の空間的な範囲であるという点しかそういった地域社会のイメージと一致しないなと思ったからです。武岡さんは研究の中で「地域」というものを再定義されたと思うのですが、それはどのように行ったのでしょうか?

武岡  それはいいポイントですね(笑)地域社会という概念に新しい方向性を与えるという問題は僕の研究の肝のひとつです。「地域コミュニティ」という言葉と「コミュニティ」と「地域社会」という言葉がこだわりなく言い換えられているという事態が地域社会学の中で現在もありまして、それってすごく変だなと思っていたんですよね。「社会」と「コミュニティ」って違うでしょう。あと、「地域コミュニティ」とそれ以外のさまざまな「コミュニティ」の違いを無視していいのかということについても疑問に思います。

結論から言うと、地域社会という概念をコミュニティのような概念や住民といった概念から切り離して使いましょうというのが僕の提案ですね。ある空間について、そこに住んでいる人だけでなく、そこに出入りする人を含めて、彼らの活動に生じてくるパターンを分析することを地域社会の研究プログラムとして考えればいいんじゃないかというのが僕のアイディアなんです。このアイディアではこれまで扱えていなかった都市空間における人々の活動を分析することが出来るし、共同性を地域において探究しようという場合にも、論点先取をせずに済むのではないかという提案です。

前島  そうすると地域社会という言葉が指し示すのは、都市的な空間を人々が出入りしながらもその中で受け継がれる規範や文化といったものになるのでしょうか?

武岡  僕は「規範や文化の共有あるいは継承」というのも、まだ従来の地域コミュニティ研究に近すぎると考えています。それは結果的に「地域社会」に実現されることもあるかも知れないし、されないこともあるかも知れないという意味で、「地域社会」概念に含めるべき内容ではない、という立場です。

それよりも、ある空間で人々が行う「活動」に注目しています。その活動が担い手を変えたりしながらも再生産されていき、しかもそれが都市の「場の構造」とどうかかわっていくのかということに興味があります。だから、同じ人達が住み続けるとかそういうことではなくって、なんらかの形でその場とその活動が繰り返されていくとすれば、それはどういうことなのかということを知りたい。

僕は何らかの活動が続いていくのが無条件にいいことだとも思わないし、それが残ったほうが無条件にいいとかそういう話にもあまり興味はないですね。興味がない、と言うのは、「無条件に○○がいい」というのは単なるその人の信念の表明にすぎないため、議論によって論駁する対象ですらないからです。対象の地域社会が存続するメカニズムの探究が差し当たっての地域空間の社会学の課題で、そのことがどういった規範的な意義を有するのか、ということは注意深く個別的に論じるべき事柄だと考えます。

歌舞伎町でのフィールドワーク

山崎  ここからはより歌舞伎町という空間にフォーカスしたお話を聞かせていただければと思います。武岡さんは人々の「活動」や「場の構造」に注目して都市空間を分析されたということですが、実際に歌舞伎町をフィールドワークする中で、どういった「活動」や「場の構造」に注目されたのでしょうか。

武岡  そうですね…話せば長くなる、という感じなのですが(笑)

時期的に一番最初にやったこととしては、歌舞伎町には歌舞伎町商店街振興組合という組織がありまして、そこを調べるということを一番最初にやりました。まず歌舞伎町にそういった組織があるということ自体が、少なくとも僕にとっては意外でした。

フィールドワークといってももともと歌舞伎町でキャバクラ通いをしていたわけでもなくて(笑)まずは入りやすいところからやっていこうと考えました。幸いなことにそこは大変快く対応してくださって、いくら感謝してもしきれないです。いろんな人々を受け入れて歌舞伎町の街づくりをやっていこうという組織で、ほぼ歌舞伎町唯一の地元組織と言っていいです。そこが新宿区と共同で「歌舞伎町ルネッサンス」という形で街づくりの取り組みを行ったりとかしているんです。

僕はまず彼らの会合に出たり、彼らのイベントに参加したりしました。彼らは民間パトロールみたいなことをやっていまして、そこにも参加しました。彼らの活動に参加したり、インタビューを行う中で新宿区の職員の方を紹介していただいたり、警察のOBの方にお話を聞く機会を設けていただいたりしました。

その次に調査したのはお店の方でして、取材したのがキャバクラとホストクラブとヘルス、ソープ、あとはデリヘルですね。

キャバクラに関しては商店街の方の紹介という形で、キャバ嬢や店長、男性スタッフにそれぞれインタビューさせてもらったのと、実際に1日働かせてもらって、皿洗いをさせてもらいました(笑) ホストクラブに関しても同じような感じで、ホストの方や経営者の方にインタビューして、一つの店に関しては実際に1日ホストとして働かせてもらいました(山崎 前島:「おおー」)。ヘルスやソープに関しては実際に働いている女性(キャストさんと言います)と店長にインタビューするのをやりました。デリヘルに関してはキャストにインタビューすることができなかったので店長やスタッフにインタビューしました。

後編では歌舞伎町のストリートでのフィールドワークや、歌舞伎町のもつ特殊性などに関してお話をうかがいます。

Takeoka-sama

武岡暢(たけおか とおる) 東京都出身。東京大学文学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員PD(2013年4月〜)。立正大学非常勤講師。専攻は社会学、とりわけ歌舞伎町でのフィールドワークに基づいた歓楽街の都市社会学。

 

 

 

 

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