「政界ご意見番」田村元さん死去

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元衆院議長の田村元さんが東京都内の病院で老衰の為90歳で亡くなりました。田村元さんは「タムゲンさん」の愛称で親しまれており「自民党のご意見番」と呼ばれていました。

1994年には勲一等旭日桐花大綬章を受賞、そして1996年に地盤を甥の田村憲久氏(前厚生労働相)に譲り、政界を引退しました。

引退後には、2001年の森喜朗首相退陣をめぐる自民党の混乱に関して、「情けないの一言。この期に及んで、派閥次元の愚かなことをやっている」と発言したり、田村元さんの辛口の政界批評は、定評があり、引退後もマスコミにたびたび取り上げられておりました。

田村元さんは慶応大学卒業後、参院議員秘書などを務め、1955年の衆院選旧三重2区で30歳の時に初当選。

それ以降は連続当選14回、長い議員生活の中では労相、運輸相、通産相を歴任し、労相時代は週休2日制の導入や、通産相時代はココム違反問題の処理、運輸相時代には成田空港の開港などに関わっています。衆院議長も1989年6月から90年1月の間務めていました。

その一方で、大野派や田中派などに所属していましたが、田中角栄氏と意見対立したりなど派閥には中々なじむ事ができず「一匹オオカミ」と揶揄されることもありました。政策面に関しても独自性があり、政治献金制度の禁止を提唱したり、死刑廃止議員連盟会長となり死刑の執行停止を訴えるなどの活動を行っています。

田村元さんの葬儀ですが、喪主は妻の愛子さんと孫の亘氏で、近親者だけの密葬ですでに行われ、12月に「お別れ会」が開かれる予定です。

Photo by flickr

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