裁判員裁判の死刑判決2例目「 宮崎家族3人殺害事件」とは

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TBS系列のニュース番組「NEWS23」において、宮崎家族3人殺害事件の犯人である奥本章寛(おくもとあきひろ)死刑囚が取り上げられ、話題になっています。

宮崎家族3人殺害事件とは、2010年3月に宮崎県宮崎市で起きた殺人事件です。2010年3月1日、宮崎市の自宅で妻と義母が死んでいるという110番通報がありました。通報者はこの家の夫であった奥本章寛(事件当時22才)です。これを受けた警察が現場に駆けつけてみると、家には通報通り彼の妻と義母が頭から血を流して死亡していました。

また、同時に生後五ヶ月の長男も行方がわからないという状態でした。ところが、警察の事情聴取の過程で説明のあいまいさを追求された奥本は、自宅近くの自身が勤めていた建設会社の資材置き場に長男の死体を遺棄したことを認めます。

そして供述通りの場所で長男の遺体が発見されために緊急逮捕され、宮崎地検は長男に対する殺人罪と死体遺棄罪で彼を起訴、その後、妻と義母に対する殺人罪でも追起訴しました。

裁判において検察は、義母の叱責や育児の負担などから家族が邪魔になったことが動機であり、ハンマーを準備するなどの計画性があること、長男の遺体を隠すなどの証拠隠滅を図っていることなどから、死刑を求刑します。

一方の弁護側は殺人の事実は認めましたが、被告に対する義母の仕打ちや前科のないこと、まだ若いことなどから情状酌量を求めました。これに対し、2010年12月7日に宮崎地裁が下した判決は、求刑通り死刑。裁判員裁判が始まってから、3例目の死刑判決でした。

弁護側は判決を不服とし、控訴をしますが、福岡高裁宮崎支部は死刑判決を支持、控訴を棄却します。さらに2014年10月16日、最高裁への上告も棄却され、死刑は確定しました。裁判員の死刑判断を最高裁が支持したのは2例目になります。

義母への鬱積が動機であるなら「なぜ3人とも殺したのか」という問いに奥本は、被告人質問時に「義母を殺せば妻から犯行が漏れ、長男はまだ幼いので母親と一緒がいいだろうと考えた」と答え、死刑確定後の共同通信記者宛の手紙には「自身でもあの時の考えや行動は理解できない」と語っています。

現在、奥本死刑囚は福岡拘置所に収監され、日々写経をして過ごしているとのことです。

Photo by flickr

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