普天間飛行場移設反対の翁長県知事誕生、移設計画に影響は

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11月16日に投票が行われた沖縄県知事選挙で、共産党、生活の党、社民党、地域政党の沖縄社会大衆党などから支援を受けた前那覇市長の翁長雄志氏が、自民党と次世代の党が推薦した現職の仲井真弘多氏らを破り、初当選を果たしました。

今回の選挙では、宜野湾市にある普天間飛行場(通称:普天間基地)の名護市辺野古への移設の是非が最大の争点とされましたが、知事の権限を使って、あらゆる手段で移設を止めると訴えた翁長氏が、普天間問題の一日も早い解決を目指し、移設容認の立場を取った仲井真氏に約10万票の差をつけて勝利しました。

普天間基地は住宅密集地にあり、「世界一危険な基地」とも言われています。実際、2004年には、普天間基地所属の大型輸送ヘリコプターが訓練中に、沖縄国際大学の建物に接触し、墜落、炎上しました。

搭乗していた乗員3名は負傷しましたが、大学関係者等、民間人に負傷者は出ませんでした。この事故を機に、普天間飛行場移設・返還の世論が強まり、2006年には「再編実施のための日米のロードマップ」が日米両国政府間で合意されました。

また同年、辺野古への基地建設容認派が推す仲井真氏が沖縄県知事に当選したことから、普天間基地移設への道筋が見え始めました。

しかし、2009年に政権交代を果たした民主党の鳩山由紀夫首相(当時)は、普天間基地移設について「最低でも県外」と公約し、それによってそれまで辺野古への基地移設賛成派であった保守層も反対へ回ることとなりました。結局、鳩山氏は「最低でも県外」が不可能であると表明するに至りましたが、普天間問題を混乱させる結果を招きました。

今回の沖縄県知事選の結果を受け、移設反対派は勢いづくと考えられます。日米合意という国際的な約束の重さ、そして移設反対に伴う普天間基地の固定化を考慮すれば、反対派は現実的にどう問題を解決するのかがポイントとなりますが、その辺りは不明瞭です。

政府が強行突破で辺野古移設を推進する可能性もありますが、いずれにせよ普天間問題解決へは険しい道のりが待っています。

Photo by 写真素材

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