小沢一郎氏「生き残れるような道を選びなさい」権力の終焉へ

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生活の党代表・小沢一郎氏は党所属議員を集め、「みんなの好きなようにしなさい。生き残れるような道を選びなさい」と述べ、他党から衆院選に立候補することを容認しました。

民主党時代から小沢氏を支えた鈴木克昌幹事長と小宮山泰子国会対策委員長のほか、複数の前議員も民主党や維新の党からの出馬を検討しているようです(11月21日付YOMIURI ONLINE )。

自民党、民主党時代には、首相の座にあと一歩のところまで迫った小沢氏ですが、政治家として生き残るため自身の元を去ってもいいと所属議員に言葉をかける姿は、その権力の終焉を感じさせます。

田中角栄元首相を師と仰ぎ、金丸信元自民党副総裁に可愛がられた自民党時代の小沢氏は、1989年に47歳の若さで幹事長に就任し、1991年に当時の海部内閣が総辞職した時には金丸氏から総裁選挙に出馬するよう促されるほどの存在でした。

後に自民党を離れた小沢氏は、1993年非自民連立政権である細川内閣成立の立役者となりました。その後も自由党党首として自民党との連立内閣の一翼を担い、民主党では政権交代を果たすなど、常に日本の政治の中枢に在りました。

一方で、起ち上げた政党をすぐに解党することから「壊し屋」と呼ばれ、側近が次々離反するなど、周囲とのコミュニケーションに問題があるとの指摘もあります。

小沢氏を蛇蝎の如く嫌う人もいれば、「一度は首相をさせたかった」という人もおり、その評価は大きく分かれます。結局のところ、同氏は「政策の人」ではなく「政局の人」だったのかもしれません。つまり、権力を手にすること自体が目的であり、それによって何かを成し遂げることは二の次だったという見方もできます。

小沢氏が竹下登元首相を支えていた時代、同氏を含め「竹下派七奉行」と呼ばれた政治家たちがいました。そのメンバーのうち、小渕元首相、橋本元首相、梶山元官房長官、奥田元運輸大臣は既に鬼籍の人となり、羽田元首相、渡部元衆議院副議長は政界を引退しています。

唯一の現役政治家である小沢氏も、昔日の栄光を取り戻すことは難しいでしょう。小沢氏に対する評価は様々ですが、同氏が、良くも悪くも日本の政治に大きな影響を与えてきたということは否定できない事実です。

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