経済市場に全く政府が介入しなかったらどうなるかシミュレーションしてみた

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2014年12月に行われる今回の選挙において、アベノミクスが成功したか否かは非常に重要な争点となっています。アベノミクスによって所得格差が広がったであるとか、GDPは成長したなどという各氏の主張が飛び交っている状況です。

まず所得格差という点に関して実際に統計データを見てみましょう。所得格差を表す指標であるジニ係数の推移を示したのが次のグラフです。ジニ係数は高ければ高いほど所得格差が広がっていることを意味します。

jini

このように、日本における所得格差が広がってきていることが読み取れます。

更に、最近の事例で考えると、アベノミクスによって所得格差が広まったと言われています。次の文章は2014年12月4日の東京新聞からの引用です。

”公示日、各党党首の第一声で訴えの軸となったのは景気や消費税など経済政策であった。安倍晋三首相(自民党総裁)は二年間の経済指標の改善を並べて「アベノミクスは今後も正しい」と強調した。一方、民主党の海江田万里代表は「景気が良くなったのは一握りの人たちの話だ」と述べ、衆院解散はアベノミクスの失敗を隠すためだと対決姿勢をみせた。”

また先程のジニ係数の推移からもわかるように、先進諸国において全般的に所得格差は広まっておりそれに対する施策を日本のみならず各国の政府が実施しています。

そもそもなぜ、このように所得格差が生じてしまうのでしょうか。所得格差は自然に生じるものなのか、それとも政策の失敗によって生じるものなのでしょうか。

本稿ではそうした疑問に回答する一助として、エネルギー保存則に基づく理論であるボルツマン分布による説明を試みようと思います。

 

分子の密度状況を表す”ボルツマン分布”

まず、ボルツマン分布という物理学の用語を説明させていただきます。この部分に関しては少し難解な事柄も含まれますので読み飛ばして頂いても構いません。この項の最後の部分で要約を載せております。

エネルギー保存則という言葉が表すように、私達が生きるこの世界では常にエネルギーの総量は一定に保たれています。例えば、ガソリンを用いて車が動いているのは新しいエネルギーが生まれたからではなく、ガソリンが持っているエネルギーを熱変換によって車が動くためのエネルギーとしているから、というようなものです。

この事を前提として、ある閉じた空間を考えます。この空間においてはエネルギーの総量は一定に保たれています。

その空間内には酸素分子などが存在しているわけですが、酸素分子は全てが同じ早さで動いているわけではありません。分子が持つ熱エネルギーの量はばらばらであり、それに基づいて動く早さも異なります。

この閉じた空間内でエネルギー保存則が作用することを考慮して、空気中の酸素分子の熱エネルギーを横軸に取り、縦軸にその熱エネルギーを持つ酸素分子がどのくらいの割合で存在しているかという確率に関してグラフを書きます。それが下に示したものです。

boltz1※1

図から分かるように、分子速度が低ければ低いほどその分子が存在する確率は高く、反対に分子運動速度の早い分子が存在する確率は低いと考えることが出来ます。

ぼるつ※2

この分布について、図のように累積値(その時点での確率を合計していった値)をとってやると、右側にいくにつれて減少値が大きくなるようなグラフが得られます。これがボルツマン分布です。

ボルツマン分布が意味するところは、限られた空間におけるエネルギーを酸素分子同士が互いに衝突して取り合っていくことで、このようにエネルギーという資源が偏在(ある場所に偏って存在)する状況が生まれるというものです。

例として、摩擦0の閉じた空間でビリヤード玉をランダムに転がすという状況に置き換えてイメージしてみます。様々な方向に転がされたビリヤード玉は互いにぶつかりあって、そのうち速いスピードで動く少数の玉と、ゆっくりと動く大多数の玉に分かれていきます。それは、衝突時に玉が持つ運動エネルギーがもう一方の玉にランダムに移っていくからだと考えることが出来ます。

このボルツマン分布を経済学的に解釈することで、我々の社会において何故一部の人に富が集まってしまうのかを説明する可能性が生まれます。

 

経済学におけるボルツマン分布

所得という観点でその分布がどうなるのかを考えてみます。経済学ではこのように分布の具合を考えるとき、正規分布というものを想定することが比較的多いです。

boltz3

平均にいる人が多くて、そこから離れるにつれて段々と人が少なくなっていく、というようなイメージのグラフです。このグラフで言えば、例えば平均所得600万円の人がいる確率は縦軸から判断しておよそ4%いるということになります。

しかし経済学の応用分野である経済物理学においては、所得分布がボルツマン分布に従うことが知られています。ここではアメリカの所得分布に関する研究をご紹介しましょう。

boltz5※3
引用元:http://physics.umd.edu/~yakovenk/papers/2010-NJP-v12-n7-p075032.pdf

このグラフは論文から引用したものになります。比較のため先ほどのボルツマン分布について、論文と同じように縦軸を対数にしてみたものが下のグラフです。

boltz6※4

形状に注目すると、両者が似通っていることが分かるかと思います。この所得分布の示す分布について、ボルツマン分布の原理に立ち戻り、分子の運動速度を所得に置き換えて考えてみましょう。

すると、お金という限られた資源を人々がやり取りすることでお金が偏在化してしまい、所得格差が生まれるという風に考えることもできるというわけです。

 

”やり取り”によって生じる不均一をシミュレーションで確認する

ここまで二つの事柄を見てきました。どちらにも共通して浮かび上がってくるのは、「やり取りを行うことで、資源は偏在化する」ということです。では、この現象はどの程度一般的に再現できるのでしょうか。

それを確認するために、筆者は実際にシミュレーションによる実験を行いました。※5

ある空間内に900人の人がいると仮定します。彼らには財産として80個の玉が与えられています。この玉について、次の2パターンのルールのもとで各人が最終的にいくつの玉を持つことになるのかを観察します。

パターン1.神様がランダムに二人を選んで、その二人の間で一方からもう一方に玉を一つ渡す。

パターン2.人々は歩き回り、ぶつかった人同士で一方からもう一方に玉を一つ渡す。

この2パターンのルールの最大の違いは、もちろん「やり取りがあるかないか」です。パターン2の場合は第三者(神様)が介入せずに、当人同士の間で勝手にボールの交換が行われます。それ以外には何も基準は存在しません。このシミュレーションをどちらも10000回行いました。

パターン1についての結果がこちらとなります。

boltz7

これは今まで見てきた正規分布のグラフによく似ています。玉を80個持っている人は約30%の確率で存在するようです。

それでは続いてパターン2の結果を見てみましょう。

boltz8

先ほどとは異なり、一番多くても玉を20個持っている人で約6%の確率で存在するという分布図になりました。ボルツマン分布と同様の形状が表れました。ここでは玉を財産だと解釈することで、こちらのグラフが示しているのはまさしく所得格差が生まれている状況に酷似していると考えることが出来ます。

累積確率のグラフにして、両者の形状を比較してみました。

boltz10

明らかに異なる分布状況になっていることが分かります。こうして、”やり取り”によって資源が偏在化する状況は、極めて単純化した状況においても再現出来ることが確認出来ました。※6

 

再分配政策の重要性

ここまで見てきたように、”やり取り”を繰り返すことによって資源は偏在化してしまうわけです。この立場で考えると、経済政策における再分配政策の重要性を改めて実感することが出来ます。

つまり、人々が持つお金と、シミュレーションにおける玉を同じものだと考えると、再分配政策を取らずに市場原理に任せるということは所得が必然的に歪(いびつ)な分布になってしまうことを示唆しているということです。

選挙に参加する上で立候補者の掲げる政策を確認することはとても大事ですが、論点が多く、理解が散漫になってしまうこともあるかと思います。そういった場合には、今回取り上げたように、立候補者が市場原理に任せる立場なのか、それとも歪な所得分布を是正するための再分配政策に力を入れているのか、という観点に集中して比較してみると良いかもしれません。

Photo by pixabay [参考文献•注釈]

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