日本人は所得が増えても幸福を感じられないのかもしれない-幸福のパラドクス-

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 安倍政権の続投が決定

先日の衆議院解散総選挙を経て、自民党の安倍政権の続投が決定しました。安倍政権の基本方針は変わらず経済再建を中心に置いて、アベノミクスを推し進めていくものであるとされています。

さて、そうしたアベノミクスを巡る議論として一つ次のようなものがあります。

「アベノミクスによって確かに国全体の経済規模はこれまで大きくなってきたかもしれない。しかし、安倍政権は庶民の生活に目を向けてくれていない。私達庶民は日々の生活が上向いた実感は湧かない。」

GDPがどれだけ変化したのかを数字で見てみますと、前の野田政権(2011年10-12月期~2012年10-12月期)のGDP実額の平均は517兆2942億円ですが、一方安倍政権(2013年1-3月期~2012年7-9月期)のGDP実額の平均は522兆8301億円でした。GDPは数字で見れば、上昇しているのです。

しかし、一方で日本の幸福度は高い水準にはないことを示すデータが存在します。

 日本の幸福度が先進国でワースト2位に

2014年10月30日にアメリカのシンクタンクであるPew Researchが発表した所によれば、2014年における日本の幸福度は先進国においてワースト2位となりました。※1

次に示す図は筆者が作成した幸福度を比較するグラフです。今の暮らしに対して、ポジティブな回答をした人の割合を示しています。

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国の経済規模が成長したにもかかわらず、なぜ日本の幸福度は高い水準にないのでしょうか。GDPの成長は日々の生活に対する満足度を引き上げてくれるものではないのでしょうか。

この理由を説明するものとして、経済学には”幸福のパラドクス”という理論があります。

本稿ではこの理論について、実際に得られる現在の数値データを用いて検証しながら追っていきたいと思います。

 

 “幸福のパラドクス”とは

“幸福のパラドクス”とは、経済学者リチャード・イースタリンが1995年に論文にて発表した概念です。彼は11カ国について、国内における時系列データを分析した結果、所得と幸福度の間に関係性がないという結論を出しました。※2

“幸福のパラドクス”が何故起きてしまうのかについて、イースタリンが考える理由は、”相対所得仮説”または”消費規範仮説”と言われています。

経済学における幸福度(効用)は相対的な意義を持つものと定義されています。つまり、豊かな人には豊かな人なりの、貧しい人には貧しい人なりの、基準とする生活水準があり、それとの比較で人々は自分の生活満足度を測るものだと考えられます。

例え年収1千万の人がいたとしてもその人にとっては年収1千万が当たり前で、特に豊かとは思っていないかもしれないのです。

1国内の1時点ではこの基準に基づいて豊かな人は幸福度が高く、貧しい人は幸福度が低くなります。ただし、国の経済規模が成長すればそれだけ基準値も上昇するので、時系列で通してみると経済成長と幸福度には相関性が見られません。

以上の考え方が”幸福のパラドクス”を説明する”相対所得仮説”です。

 

 ”幸福のパラドクス”は日本に適用されるか?

イースタリンは日本を”幸福のパラドクス”が見られる典型例だとしています。

彼は実際に幸福度とGDPとの相関関係を見たわけではありませんが、高度経済成長期を経て、貧しい経済状況から驚異的な経済成長を成し遂げたにも関わらず、幸福度が年を追う毎に上昇してはいないということがその根拠であるとされてきました。

しかし、イースタリンがこの仮説を提唱した1990年代と比較すれば、今ではデータの数も性質も変わっているかもしれません。実際にイースタリンが観測した幸福度の上昇性が見られないということが、現在までの最新データを用いても観測されるかどうか、確かめてみましょう。

 

 “幸福のパラドクス”は観測されるかどうか

イースタリンが日本の幸福度として用いたデータは、”国民生活に関する世論調査”というものです。幾つかの項目がありますが、その中でも”生活に対する満足度”という項目の値を使います。「今の生活に対して満足しているか」という趣旨の質問に対して4つの回答項目があって、上から順に4,3,2,1という点数をあてて、全員の平均値を取ったデータを用いています。

次のグラフは World Database of Happinessに掲載されていたデータを用いて筆者が作成したものです。World database of happinessに掲載されているデータは10点-0点のスケールに変換されており、イースタリンがこれを用いているので同様にここでも同じデータを示します。

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このデータについて、年を追う毎に生活満足度が上昇しているのかどうか、回帰分析と呼ばれる手法で確認していきます。グラフ中に分析によって算出された数式が示されていますが、次のような意味になります。

Y(生活満足度)=0.0052*X(年)+5.7309

つまり、年が一つ進むと生活満足度が0.0052だけ大きくなるという風に解釈できます。係数は正ですが、0に近いとも言える値であり、イースタリンが生活満足度に上昇するトレンドが見られないと判断したことにもある程度納得して頂けるのではないかと思います。※3

次にイースタリンが行わなかった、GDPと生活満足度との相関性に関する分析を行ってみます。一人当たりの実質GDPの推移は次に示すグラフで確認することが出来ます。※4

hap1

これを用いて、先ほどと同様に回帰分析を行います。今回の分析においては、次のような数式を得ることが出来ました。

Y(生活満足度)= 0.0000000888 *X(一人あたり実質GDP)+5.63

値としては正ですが、殆ど0に等しい回帰係数となりました。つまり、一人あたり実質GDPが生活満足度に与える影響は非常に小さいのではないか、と考えることが出来ます。

イースタリンが述べるように、日本ではGDP、つまり国全体の経済規模が大きくなったとしても幸福度には影響しないということが分かりました。

 

 “幸福のパラドクス”への反論

しかし、”幸福のパラドクス”には反論も存在します。

経済学者のベツィー・スティーブンソンが2008年に発表した論文において、同氏は”幸福のパラドクス”について、満足度は収入に比例する、という主張をしました。

スティーブンソンは特に日本については、生活満足度を測るための質問内容が改定され連続性が無いにもかかわらず、イースタリンがそのままデータを用いたことで誤って”幸福のパラドクス”が見られた、と述べています。

実際に、生活満足度を測るための質問内容は1958-63年、1964-69年、1970-91年、1992-2013年という区分でそれぞれ異なるものが使われていました。※5

このように各区分で性質が異なるデータを用いるのではなく、質問内容が同じ期間のみで一人あたり実質GDPとの相関性について見てみれば、そこには関係性が生じているとスティーブンソンは主張します。

2013年までの値を用いて実際にどのような値が出てくるのかをみてみましょう。以下に示す表がその結果となります。※6

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各区分で分けてしまいデータの数が少なくなってしまうので統計的に意味のある数字とは断言できませんが、係数の値としてははっきりとしたものが出てきました。※7

1991年まではスティーブンソンの主張通り、満足度と所得が比例する関係にあり、”幸福のパラドクス”が成り立たないことが分かりました。

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