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 人工知能とは

人工知能とは、Wikipedia上では”人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させようという試み、或いはそのための一連の基礎技術を指す。”とあります。私達が行っている行動の一部を非生物的な物によって補助もしくは代替することで、より豊かな環境を目指すためのものです。

近年は家庭用のお掃除ロボットの人気が出たのは記憶に新しいですが、これも人工知能の応用のひとつとして捉えられることもあります。

また言語認識に関して言うと、スマートフォンをはじめとする様々な電子デバイスが持つ翻訳アプリや音声認識プログラムであったり、家電製品でも音声を発してお知らせしてくれるものも多くなってきました。

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Photo by 
UCL Mathematical and Ph on flickr

 

 同時通訳を可能にした人工知能

上記の例は、1段階の処理を行っており(A と言われたらBと返答する)、まだ本当の人間の実際の知能とはかけ離れているように思えるかもしれません。

しかし、12月15日、マイクロソフト傘下のSkype社はリアルタイム機械通訳を人工知能が可能にしたことを公開しました。言うまでもなくこちらはさらに高度な技術を必要としています。

(参考記事:「最先端の人工知能が、Skypeのリアルタイム機械通訳を可能にした」http://news.livedoor.com/article/detail/9598933/)

「英語」で話した文章は「スペイン語」に、逆に「スペイン語」で話した文章は「英語」に通訳してくれる、多くの人が待ち望んでいたサービスです。このサービスの翻訳機能の研究はマイクロソフトの研究所で10以上に渡って密かに行われてきたもので、非常に影響力があると世間を騒がせています。

ではなぜ、翻訳機能の実現にこれほどに時間がかかったかというと、それは人間の言語の複雑さにあります。私達が普段話している言語には大きく分けて聞く、理解する、考える、話す、という複数の認知機能に分解することが出来ます。

これを人工的に再現しようとすると、言葉をとらえて文章に変え、その文章を解釈(翻訳機能の場合ここで翻訳)して、相手の言語の「音声」に合成する必要があります。

その中でも、言語の認識、つまり言葉を認識し文章に変える部分は長い間、もっとも困難な処理でした。この部分を担う人間の「考える」という認知機能は、大量に蓄積された過去の経験や情報に裏付けされた情報の取捨選択によって行われているため、AならばBと返答、といった単純な処理の掛けあわせとして人工的に表現することには限界があるように思われました。

しかし今回の音声認識の成功はディープニューラルネットワーク(多数の階層をもった人工神経回路網)として知られる、人工知能の研究分野の発展に大部分恩恵を受けたのです。

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hoto by Allan Ajifo

 

 人間の脳とニューラルネットワーク

人間の脳は数千億個の神経細胞が複雑なネットワークを構成し、相互に関係を持ちながら私達の行動を支えています。ニューラルネットワークとは、人工知能研究の分野の一つで、そのような膨大な人間の神経細胞を計算機上のシミュレーションで表現し、さらに機械学習を組み合わせることで、人間の認知機能を再現しようという研究です。

人間の脳の神経細胞が学習によって神経細胞間の結合の強度を変化させ、環境にあった最適解を導くようになるのと同様に、人口の神経細胞(ノード)が機械学習によって細胞間の結合強度を変化させ、問題解決能力を持つようなモデルを目指しています。

我々が行っている日常生活は、過去の学習の賜物です。

朝起きてまず目覚まし時計を止めるのも、どこのスイッチを押せば音が鳴り止むのか、時計を買った時に学んでいて、さらに言えば自分は目覚ましが無いと朝寝坊するとわかっているから前夜に目覚ましをセットしているのです。

学習によって人工的に人間の複雑な知能が再現されるのであれば、人間と、機械との区別はどのように行うことが可能なのでしょうか。今回のSkype社の同時通訳可能のニュースの例に見るように、機械で代替可能な仕事、ひいては職業もどんどん増えていくでしょう。

「ロボットが人間の仕事を奪っていく」という見解をもった人やメディアを目にする機会は増えました。

一方で、今までの技術革新によって私達が得られた恩恵は大きいのも事実です。洗濯や乾燥は全自動、お風呂もスイッチひとつで適温のお湯をためることが出来ます。

私達の生活を豊かにするための技術の未来とその可能性、また発展の速さに驚かされます。

これまでは技術をいかに「発展させるか」という議論が先行してきましたが、今後は求めるべき「生活の豊かさ」や「人間らしさ」といった倫理的な議論もさらに必要とされるでしょう。

※本記事は京都大学大学院人間・環境学研究科の宜本花凛さんからの寄稿記事です

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