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 スイスフランの為替レートが激しい値動き

2015年1月15日に、スイス国立銀行がユーロに対する相場の上限を突如撤廃しました。3年に渡って維持してきた1ユーロ=1.2フランというレート制限がなくなったことで、ユーロ/スイスフランの為替市場だけでなく、スイスフランが関わる他の為替レートにも影響を与えています。

まず、ユーロ/スイスフランの過去3年の為替レート(デイリー)をまとめたグラフを以下に示します。

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スイスが為替レートに上限を定めたのは2011年9月でした。

それまでスイスフランはユーロに対して通貨の価値が高くなっており、日本の円高と同じような状況が続いていました。それに対する対応として為替への介入を前提とした上限が設定され、それ以降その上限はスイス国立銀行の市場介入(後述いたします)によって死守されてきたのです。

そして上限が撤廃された今、再びスイスフランのユーロに対する価値は高騰し、今や1ユーロは0.9スイスフランに相当するまでになりました。

本稿では、このニュースについて、改めてその背景を整理していきたいと思います。

為替レートについてご存知でない方は、こちらの記事もご参考下さい。ボーダーレスな時代に生きる上での知識、「為替レート」って何?

 

 軍事に秀でた永世中立国としてのスイス

スイスフランという通貨に対する上限が設定されていたのは、そもそもスイスという国に対する圧倒的な信頼感から生じたものでした。

第二次世界大戦時に、東側にも西側にも肩入れをしない、自国の防御に努めるというスタンスで戦争を切り抜け、冷戦下でも同様の姿勢を崩さずに今日まで永世中立国までスイスは存続してきました。

スイスでは男性に対して兵役の義務があり、有事の際には48時間以内に臨時体制を取れるようにシステムが整っています。高い山々という自然の防壁も持ち合わせていることもあり、スイスは安定的な平和を勝ち取ってきました。

 

 輸出が支える貿易黒字、健全な財政を誇る国としてのスイス

続いて経済的な観点でスイスを見てみます。見ていく数字は貿易の状況を示す経常収支、国家財政の状況を示す財政収支です。これを日本の数字と比較しつつ、10年分の推移を確認してみましょう。

*経常収支

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スイスにおける最も重要な産業は観光、金融業といったものです。下の円グラフは2013年におけるスイスの輸出額に関する割合を示しています。この中で最も大きいのは、銀行などに代表される金融業であるようです。※1

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日本のものと比較してみましょう。

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日本ではスイスとは異なり、金融業のシェアはそれほど多くはないようです。それよりも運輸業・特許使用料が非常に大きな割合を占めています。

これらグラフから分かることをまとめますと、スイスの経常収支黒字の柱は金融業であるということになります。

*財政収支

財政収支についても日本とスイスを比較していきましょう。

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日本は以前から財政健全化が課題とされていることからも分かるように、財政収支の状態は良いとはいえません。
対してスイスは相対的に非常に優良な財政状態を維持できていることが分かります。

以上のことから、スイスは有事に対する対応力だけでなく、経済面においても安定的な状態にあるといえるのではないかと思われます。

金融業が盛んであるのは、スイスが歴史的に銀行業を主要産業として成長してきた国だからということでもあります。絶対に顧客情報を漏らさないスイス銀行のプライベートバンクは有名で、各国要人や富豪などがスイス銀行に財産を預けていると言われています。

こうした背景から、スイスという国が保有する通貨であるスイスフランには絶対的な信頼が寄せられてきたのです。

 

 スイスフランの高騰を防ぐための市場介入

スイスフランはこのような背景から、資産を確保しておく、という意味でも為替市場における買い注文が相次ぐ通貨となってきました。その要因となったのがEUの共通通貨、ユーロです。

リーマン・ショックの余波を受けて2010年頃からギリシャの財政問題が表面化して以降、ユーロは非常に不安定な通貨として認識されてしまいました。そのため、”通貨の逃げ場”としてスイスフランが買われる状況になったのです。

こうして、スイスフランはユーロに対してその価値がどんどん高くなっていきました。冒頭に示したレートをもう一度御覧下さい。

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2011年9月頃までに注目すると、急激な通貨高になっている様子が改めて読み取れます。通貨高、通貨安はそれぞれにメリット・デメリットが存在しますが、どちらであっても極端な状況は国にとってマイナスにしかなりません。

そこでスイスは、レートがこれ以上通貨高にならないように無制限に売り介入(スイスフランを売ってユーロを買う)を行い、レートを1ユーロ=1.2スイスフランに保つことを宣言しました。そして、その上限は3年間続いてきたのです。

 

 なぜ上限は撤廃されたのか

今回の問題の核心について考えてみましょう。なぜ、無制限に売り介入をすると宣言し3年間もの間それを続けてきたスイスは、突然その上限を撤廃したのか。

その理由は、スイスがこの上限を維持するために買ってきた通貨であるユーロが、ギリシャ危機以降再び大きなリスクにさらされる危険があると判断されたからではないか、と思われます。

本稿では、そのリスクがまたもやギリシャではないかと推測します。

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スイス国立銀行の外貨資産は介入を開始してから急激にその割合が増加してきました。その外貨資産の中で最も大きな比率を占めているのはユーロで、約5割です。

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つまりスイス国立銀行の資産は、その約半分がユーロというある種不安定な外貨で占められてしまっているということです。

 

 ギリシャというEUのリスクを重視したからではないか

そして、昨年末の2014年12月29日、再びギリシャからユーロ圏の政治状況が不安定になりかねない事態が起きました。ギリシャ首相のアントニス・サプラス氏が解散総選挙に追い込まれたのです。

そして1月25日の選挙でアレクシス・ツィプラス氏が率いる極左のポピュリスト政党である急進左派連合(SYRIZA)が選挙に勝利しました。

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(ツィプラス氏:photo by wikimedia)

ここでの問題は、ツィプラス氏のEU側が提示するギリシャへの財政支援に対する考え方です。

ツィプラス氏は今現在も財政危機と隣り合わせにあるギリシャをユーロ圏に留まらせたいとしているものの、現在の救済策に付帯している条件の大半を反故にする意向を示しており、ギリシャがEUを離脱する可能性も否定できません。

このことがEUという組織、そしてEUが抱える通貨であるユーロへの不安に繋がっていってしまうのです。

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(左軸:円、右軸:米ドル)

このグラフからも分かるように、12月29日を境目にユーロに関する為替レートが大きく動き、円・ドル共にユーロ安となってきたことが読み取れます。ユーロに対する不安から、ユーロを売り円やドルを買う注文が増えていたということです。

このようにユーロという通貨の価値に対する不安感が募る状況では、スイス国立銀行の資産は、その大部分を占めるユーロの価値が落ちるにつれて資産価値が減少してしまうことになってしまいます。

そしてその状況は1ユーロ=1.2スイスフランというレート制限を守ることを続ける限りより悪化してしまうでしょう。ギリシャが万が一にもEU圏を離脱してしまうような事になれば、なおさらユーロの価値は落ちてしまうと考えられます。

そうした最悪の事態を見据えた結果、スイス国立銀行は介入をやめたのではないでしょうか。

photo by pixabay [参考文献と注釈]

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