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「優しい世界」という連載を担当している、Credoライターの橋本です。小児科医をしています。 この連載は題名通り、「優しい世界」づくりを目指したものです。自分ではない誰かの立場に立って考えることから、「優しさ」は生まれると思います。

この連載が、そのような機会になればと思います。様々な境遇で生きる人たち、そうした人たちに寄り添う人たち。そんな人たちに会い、インタビューをしていきます。あと1ミリでも世界が優しくなれたら。そんな願いをこの連載に込めました。

過去の連載は、第1回目第2回目を参照してください。第3回目の今回は、日本最初の重症心身障がい児施設として創立された「島田療育センター」の分園である「島田療育センターはちおうじ」院長である小沢浩先生へのインタビューを掲載します。小沢先生は、不登校や心の問題を抱えた子どもたち、そして自閉症から重症心身障がい児※まで多岐にわたる子どもたちに日々寄り添う、小児科医です。

※重症心身障がい児:重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態を重症心身障がいといい、その状態にある子どもを重症心身障がい児と呼ぶ。(全国重症心身障害児(者)を守る会ホームページより)

 

不登校の子を抱える家にはまず「笑顔」が必要

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小沢浩先生

インタビュー開始とともに小沢先生は突然鞄からひもを取り出した。そして、おもむろに手品を始めた。鮮やかな手つきで固く結ばれていたはずのひもが一瞬で解かれ、私は素直に驚いた。

小沢先生:そう、その顔を子どもたちもするんです。

インタビューの最初から完全に小沢先生のペースである。一瞬で心を奪われてしまった。

小沢先生:私は不登校の相談で来た子どもに、こうして手品を見せて外来を始めることがあります。

橋本:不登校に至った経緯を詳しく聞いたりしないのですか?

小沢先生:私はまず親と子ども別々に話を聞きます。親から詳細な経緯を聞くことはありますが、子どもからは最初はあまり聞きません。不登校の子どもたちにとって、学校の生活について聞くのは苦痛でしかないことが多いです。不登校で外来に来る子どもたちは、はなから病院なんて来る気持ちはありません。親に連れられてしぶしぶ来るんです。そこで私は最初の外来は、手品だけ見せて、「じゃあね」って言ってしまいます。

橋本:手品だけですか?

私も小児科医をしているが、手品だけの外来は聞いたことがない。

小沢先生:そうです。「今度来てくれたら、どうやるか教えるからさ」と言って、外来を終えます。

橋本:すごく大胆ですね。

小沢先生:子どもも、えっそれだけ?と呆気にとられます。子どもによりますが、徐々に手品に興味を持ってくれる子もいます。そうすると、子どもがやり方を覚えて、それをお母さんに教えるようになります。そうすると、親子のコミュニケーションが生まれます。不登校の家族は本当に疲弊しています。手品を通して、「子どもが何かに打ち込む姿」をお母さんは久々に目撃します。そして、笑顔が生まれるんです。

橋本:不登校の子どもに接するとき、どうしてもなぜ行かなくなってしまったのか、学校に行けるようにするにはどうしたらいいのか、ということばかりに意識がいきがちです。

小沢先生:それも大切です。でも、私はまず一番最初に小児科医が手をつけるべきことは、親子の中に笑顔を作ることだと思っています。

(文部科学省の発表によると、平成25年度の不登校児童数(1年度のうち連続又は断続して30日以上欠席した小中学生のうち不登校を理由とする者)は全国で約12万人だった。前年に比べ約7千人の増加がみられている。「生きにくさ」の一つの表現型として不登校に陥る子どもたちは少なくない。)

橋本:先生の外来患者さんたちは、不登校や心の問題を抱えた子どもたち、そして自閉症から重症心身障がい児まで多岐にわたっていますね。

小沢先生:私は小児の神経が専門です。しかし、だからといってこういう子しかみたくない、といったふうに患者さんを選んだことはありません。たまたま目の前で困っている子どもたちに寄り添い続けていたら、今のようなスタイルになりました。私は一度も子どもたちに何かしてあげるというふうに考えたことはありません。全て目の前の子どもたちが導いてくれたんだと思っています。今の私を作ってくれたのは子どもたちです。常に子どもたちへの感謝を感じています。

後編へ続く

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