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2月14日はバレンタインデーでした。意中の人がいる人もいない人も何らかの形で恋愛について考えたのではないでしょうか。

恋愛は本来であれば誰にとっても大切なものであるはず。しかしながら、近年では若者の恋愛離れやセックスレスがニュースになるなど、恋愛やセックスに興味を持てない人々の存在が急速にクロースアップされています。

そうした報道がなされる以前から性に抑圧的な社会の風潮に長らく警鐘を鳴らしてきたのが社会学者の宮台真司氏です。

宮台氏は、1990年代に女子高生の援助交際やブルセラについてフィールドワークを行い、その研究結果を新聞等で報じることで脚光を浴びました。

宮台氏の関心は、オウム真理教事件を始め社会権力批判や少年犯罪、映画批評と多岐に亘りますが、氏が一貫して取り組んできたのは社会における恋愛やセックス(=性愛)のあり方に関する研究です。

この記事では、宮台氏の性愛に関する著作に準拠しつつ、性愛について再考することでその社会における役割を再提示したいと思います。

 

 タコツボ化する社会と性愛

まずは、宮台氏の著作『「絶望の時代」の希望の恋愛学』から、なぜ性愛が社会にとって重大な意義を持つのかということを確認していきましょう。

現代は全てのものが交換可能で無意味にすら見える時代です。仕事において他の部署の人間が自分のポジションと常に代替可能であったり、組織の中で自分の役割が見い出せなかったりすると、自分のアイデンティティさえも不安定になってしまいます。

そうした労働環境に加え、インターネット社会の進展によって人々は趣味や嗜好に沿って細分化されたジャンルに閉じこもり、それぞれの集団間が没交渉な状態になっています。

これはTwitterを例に考えると分かりやすいでしょう。Twitter上では、一見すると世界のどんな人ともつながることができ、自分のタイムラインにはありとあらゆる情報が流れこんで何でも知ったような気になりますが、実は、Twitterで見ている情報というのは自分がフォローしている人のツイートでしかありません。それは取捨選択された後の、自分の好みにあった情報だけを摂取しているとても偏った状態です。

そんな風にして、空気を読んでその場限りの会話を続けたり、自分の趣味に引きこもってインターネット上のバーチャルなつながりだけを維持する人が増えるとますます社会はつながりを失っていき、見ず知らずの他者と関係を結べる機会を失っていきます。こうした状態を宮台氏は<過剰な島宇宙化>と呼び、タコツボ化する社会に警鐘を鳴らします。

さらに、現在では、そのようにしてクラスタ化した趣味集団の中で人々は過剰に他人と関わることを避け、それぞれの集団を上手く渡り歩き、相手によって別の顔を見せるというコミュニケーションの仕方をとっています。どの集団にも過剰にコミットすることなく、入れ替え可能な関係性を築いていく。こうすれば他人に深入りする必要がなく、自分が傷つく心配もありません。

ですが、宮台氏はそうした現代社会の「上手な生き方」にあえて逆らうことを推奨します。そのために、現実世界において他人と最も深く関わり、自分自身も変革する必要があるような関係性=性愛に身を委ねるという戦略を提示します。

相手との関係が唯一絶対のものだと思えるような性愛の構築こそが、人とのつながりが希薄化する社会において、自分の基盤を確かめ社会を安定化させる手段なのです。

 

 今までの恋愛を変えるキーワード<変性意識状態>

では、そんな絶対的な性愛関係を相手と築くためにはどのようにすればよいのでしょうか?

宮台氏は唯一無二の関係性を相手と築くための条件を<変性意識状態>という独自の用語を用いて説明します。

<変性意識状態>とは日常から離れ高揚した時の心理状態を示しています。例えば、中世における農村の祭りにおける人々の心理状態やカリスマと接した時に起きる心の変化が<変性意識状態>だと本書では定義されています。

一種のトランス状態になることで今までと異なる性愛を経験すること。そのためには他人に対し、損得勘定抜きで利他的な関係性を築こうと思えること、そしてそうした感情が内発的に湧き起こることが不可欠です。

このような性愛を経ることで、一人ひとりが安定した社会基盤の基礎を築き、その上により安定した社会を作っていけると宮台氏は強く主張します。

 

 恋愛から考える<希望>の社会とは?

そうした他者との偶発的な交わりを経験し、痛みや失敗の中から他者との関わりの仕方を学んでいく場としてナンパは格好の方法です。実際、宮台氏も20年以上に亘ってナンパを続けたナンパの達人です。

また、本書の中心となるトークセッションのパートでは高石宏輔氏や公家シンジ氏といったカリスマナンパ師とのトークを通じ、女性の無意識的な欲求を引き出し「あり得たかもしれない究極の恋愛」にまで至る道筋を描き出します。

しかし、こうしたエピソードをただマニュアル的に読解し、そのまま用いることはここでは推奨されていません。

マニュアル的なエピソードの利用だけでは、それこそ他人が経験した性愛の道筋をなぞるだけになってしまい、相手との関係が絶対的なものだと思い込むことができません。

ここで重要なのは、それぞれの人が痛みや苦労を覚えながら性愛を経験し、パートナーが本当にしたいと望むことを叶えるやり方を体得するプロセスです。

その中で相手を<変性意識状態>へと連れ出しこれまでにない体験をさせることで、他人から自分へと還元される安定したコミュニケーションのネットワークを築けるのです。

充実した性愛の体験こそが宮台氏が示す、「絶望の時代」である現代社会に対処するための「希望」への処方箋です。

 

 恋愛だけが社会を変える!?

宮台氏の示す希望の社会のあり方には賛否両論があるでしょう。確かに自己啓発セミナーの手法に学んだ氏の方法論には洗脳的な部分もあります。

しかし、本書を始めとする宮台氏の性愛に関する主張に、社会と恋愛をつなぐ一つの理想的なあり方が提示されていることは事実です。

周りを見渡してみても、社会の中での自分のあり方や友人とのコミュニケーションについて悩む若者はものすごく多いように感じます。

ナンパやこれまでにない他者との性愛がその一つの解決策として有効になる場面もあるのではないでしょうか。

自分を主体に考えるのではなく相手を主体にしたコミュニケーションが考えられるようになること。本書を通じて一貫して宮台氏が主張するのはこのような当たり前とも思えるメッセージです。

そのためにこれまでの世界から一歩踏み出して新しい恋愛に踏み出してみることがあなたを引いては社会を希望のものへ変えるきっかけになるのかもしれません。

[参考文献]

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