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今回ご紹介するのはクレイグ・モド著『ぼくらの時代の本』(2014、ボイジャー)です。

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失われつつあるのは、ゴミとして捨てられる運命にあるような本ばかりなのだ。見栄えも保存性も、耐久性さえも考慮されずに印刷されている本。一度だけ消費され、その後は捨てられるだけの本。引越し作業の際は真っ先にゴミ箱行きになるような本。

まず姿を消すのは、そうした本だ。

今、はっきりと言おう。「悲しむ必要はない」と。

(第1章 冒頭部より)

 

ときどき耳にする「電子書籍の普及によって、紙の本は店頭から消え去ってしまう」といった極端に悲観的な予想に対して、首をかしげたくなる人は多いでしょう。じっさいに電子書籍に触れたことのある人ならなおさらだと思います。

紙の本と電子書籍には、本を読むという体験においてなんらかの大きなちがいがあり、電子書籍がすべての紙の本の代わりになることができるようには思えないのです。

それでは、このちがいとは一体なんなのでしょうか。紙の本と電子書籍の間にあるこのギャップは技術の進歩によって乗りこえられるものなのでしょうか?

この疑問について考えるために、『ぼくらの時代の本』の著者モドは、私たちが日々触れているコンテンツを「形を問わないコンテンツ」と「明確な形を伴うコンテンツ」の2つに分けます。

そして、本の作り手たちはこれら2種類のコンテンツそれぞれの可能性を追求するため、紙の本と電子書籍というメディアの双方を活用しつづけるだろうと予想します。

出版の未来は、電子書籍が紙の本を絶滅に追い込んでしまうようなものではなく、紙の本と電子書籍がそれぞれのよさを発揮し、共存していく未来なのです。

以下では『ぼくらの時代の本』に書かれた本の未来像を簡単に紹介します。

 

 データとしての本、モノとしての本

この本の著者であるクレイグ・モドはデジタル/非デジタルの垣根を越えて、第一線で活躍しているデザイナーです。

彼はこれまでFlipboardアプリのデザインや書籍のデザインなどを手がけてきました。また、彼はクラウドファウンディングによる出版プロジェクトという先駆的な試みにも挑戦しています。彼はこういった経験を活かし、New York TimesやCNN.comといった媒体においてメディアの未来に関するエッセイを積極的に発表しています(日本語の記事はここで読めます)。

上で述べたように、モドは出版されているコンテンツを「形を問わないコンテンツ」と「明確な形をともなうコンテンツ」の2つに区別します。では、この区別はより具体的にどのようなものなのでしょうか?

たとえば、あなたの本棚の中にある文庫版の小説のことを考えてみてください。

この小説のおもしろさを左右するのは登場人物の魅力やストーリー、そしてこれらを語る文章のスタイルなのであって、文庫版のページに印刷された文字のレイアウトが変わったとしても、そのおもしろさはほとんどの場合変わることがありません。だからこそ、この小説は単行本や文庫本、電子書籍というようなフォーマットを問わずに私たちの心を揺り動かすことができるのです。

すなわち、この小説の価値を決めるコンテンツは登場人物やストーリー、文体といった「形を問わないもの」なのです。このようなコンテンツのことをモドは「形を問わないコンテンツ」と呼びます。多くの小説やノンフィクション作品コンテンツはこちらの種類に属しています。

これに対し、後者の「明確な形をともなうコンテンツ」には、たとえば写真集や旅行ガイドなどのように画像やグラフのレイアウトが本のよしあしに重要な影響を与えてしまうタイプのものや、視覚詩のように文字の配置自体が作品の一部となっているようなものが属しています。

これらの本の価値を考える際には、表現されていることがらとページ上のレイアウトを切り離して考えるわけにはいきません。それゆえ、形を問わないコンテンツとは異なり、紙媒体から電子書籍へとフォーマットを自由に移し替えることが困難なのです。

 

 紙と電子の共存

以上のようにすべての本を2つに分けた上で、モドは「形を問わないコンテンツ」を完全に電子化するべきだと主張します。

書籍の電子化には、印刷や流通にともなって支払わなければならないコストを浮かせることができるというメリットがあります。しかも上で述べたように、形を問わないコンテンツはどの媒体で表現してもその価値が変化することがありません。

それゆえ、これらのコンテンツは電子書籍と相性がいいのです。

しかも、電子書籍はKindleやiBooksなどのEリーダーは、これまでとは異なるソーシャルな読書体験を可能にしてます。

これまで読書とは、ただ一人で目の前の本に向きあうという、基本的に孤独な作業でした。しかし、電子書籍では「同じ本を読んだ人間のつながり」を実現することができます。モドが提案するアイディアの中からいくつかとりあげましょう。

・他の読者が読み飛ばしたところや、読み返したところを「コールド」「ホット」というようにページ上に表示できたら読書を効率化できるんじゃないか?

・ハイライトやメモの情報を共有できるようにしたらどうだろう。自分だけでは気づけなかった洞察を得ることができるんじゃないか?

このように、Eリーダーのソーシャル化には多くの可能性が秘められているのです。

それでは、「明確な形を伴うコンテンツ」は今後どうなっていくべきなのでしょうか? モドはこれらのコンテンツについて、紙の本とiPadという2つのかたちで出版されるべきだと主張します。

上で述べたように、これらのコンテンツではただ文字列が並んでいるのではなく、文字や画像のレイアウトが一体となって1つの作品となっています。そのため、このタイプの本はモノとしての価値を持っています。

このモノとしての価値があるために、読者が紙の本として持っていたいと欲するニーズが今後も消えないだろうとモドは予測します。これらの本は、持っている手にしっかりとした存在感を感じさせ、長く本棚に置いておけるようなモノとして残り続けるのです。

これと同時に、iPadのような高機能の電子リーダーはこれらの形をともなうコンテンツにこれまでにない新しい表現の手段を与えると予測しています。

映画やマンガといった新しいメディアの登場によって、私たち人間ははただの絵画とは異なる視覚的な表現の方法を実現してきました。これと同じように、iPadのような電子リーダーも紙の本にはなかったストーリー表現を可能にしてくれるのです。

紙幅の関係から、本記事ではこれ以上細かい説明はできませんが、この本では新時代の書籍のあるべき姿に関して、さまざまな具体的なアイディアが披露されていきます。これは書籍デザインの第一線に立ち、さまざまな形で出版ビジネスに関わり続けているモドだからこそ発想できるアイディアなのだと感じます。

このように、新時代の書籍に関するアイディアが豊富に書かれているという意味で、この本は「「僕らの時代の本」を作るための本」ということもできるでしょう。

photo by Phil Roeder

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