【読了時間:約 5分

Credoでは3月25日に開催されるイベント「ウェブ生まれの編集者が本屋で語る、これからの編集•メディア論」に合わせて、当日取り上げる本の書評記事を公開していきます。今回は、マガジンハウス編『編集者の時代』についてです。(今回の記事はゲストである小川未来氏からの寄稿記事です)。

◇ ◇ ◇

昨今のウェブメディアを巡る興亡には激しいものがある。創刊1年足らずで法人化し、GoogleNewsで配信されるまでに至ったこの『credo』というメディア然り。2013年末、開設初月で100万PVを突破するも、2014年5月には更新を停止した『dropout』。開設1年で月間1900万PVを誇る『CuRAZY』。この1年前後に立ち上がり、大きな成功(失敗)をしたメディアには、枚挙に暇がない。

スタートアップ向けの求人サイトをみれば、編集職の求人がとても多い。 クラウドソーシングでも文字起こし・添削・数百字のリード文の制作など、従来編集の一端だったものが分解され、クラウドを介して小さな無数の仕事となって広がっている「編集」や「コンテンツ」が枕詞につく書籍も増えた

編集がかつてない盛り上がりを見せるなか、いまは「編集者の時代」と言えるのだろうか?

 

“みんな雜誌が大好きな連中ばかりでした。新しい雜誌の創刊をわれわれは西部劇にたとえたりします。何もない荒野の真ン中に街をつくるのと似ています。”
『編集者の時代』 P.215

 

かつて、熱い「編集者の時代」があった。1976年のことだ。東京五輪・大阪万博を経て、高度経済成長を達成した日本は、先進国として世界のリーダーになりつつあった。

その頃、日本の先を走っていた米国は経済的停滞を迎えていた。後の「ジャパン・バッシング」につながる、日本製品の台頭による影響もあった。両国にとって対照的な時代だ。

しかしある編集者は、人類にとって初体験である「都市生活」を楽しむ「センス」をアメリカの青年達に見いだす。それは決して当時の日本人にはなかったものだった。彼はその「センス」を日本に輸入することに決めた。シティーボーイのための雜誌『POPEYE』の誕生だ。それが、1976年のことだった。

 

“創刊編集長、つまり、創業者。英語ではファウンダーという。(中略)見つけるというファインドと姻戚関係にある単語だと考えたい。新しい事業を始めたり、新しい雜誌を創刊することは、だから、何かを発見したことが理由になる。創業者とは発見者なんですね。”
同書 P.216

 

なにがかっこよくて、なにが心地よく、なにがすばらしいのか。その発見した「センス」をもとに、『POPEYE』は語った。編集長でもライターでもなく、『POPEYE』という人格がそこには存在した。

 

“ポパイは観念的な理屈が大きらい。そして、何ごとも、フリーな気分でやろうという精神をいちばん大切に考えている。”
同書 P.36

“ポパイは観るスポーツとして、最高にエキサイティングな種目は、アイスホッケーだと確信している。”
同書 P.58

 

それは、年の離れたカッコイイおにいさんのような存在か。あるいは、教典のような存在か。とにかく『POPEYE』を猛烈にリスペクトした弟分たちが生まれていった。

彼らは「ポパイ少年」と呼ばれ、小さな社会現象となった。

『POPEYE』の巻末に記された「フロム・エディターズ」つまり編集後記は、当時の貴重な記録だ。『編集者の時代』は、それらを束ねたものだ。読めば当時の編集部の、若者の、日本全体の、熱気が伝わってくる。

本書に紹介されている名言に「雑誌の動向は国の勢いと比例する」というものがある。ウェブメディアを雜誌に置き換えれば、昨今のメディアブームは日本の熱気を象徴しているはずである。しかしそんな熱い空気がいまこの国にないことは、誰もが承知のとおりだ。

たとえ紙からウェブへ媒体の形態が変わっても、編集を営む者として、まずは熱く。自分が手がけ編む物で、堂々と社会にプレゼンテーションしたい。これから来るであろう、新たな「編集者の時代」を盛り上げたい。

3月25日ウェブ出身の編集者であるぼくらが、あえて本屋で『編集者の時代』を含むバイブルを片手に、これからの編集について語り合う。

まだぼくらは何も成し遂げていないし未熟者も甚だしい。しかしメディアが迎えたこの過渡期に、成功者でもなければ初心者でもない中途半端な立ち位置にいるぼくらだからこそ。今、次、にどんな編集ができるのかを、皆様と双方向に考える機会を提供できると思う。

この本について、編集について、なにか考えたい方はぜひお越しください。お待ちしております。

Photo by Jukka Zitting

Credoをフォローする