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 東日本大震災で人々が発揮した「助け合いの精神」

この3月11日を以って、2011年同日に起きた東日本大震災から四年が経過します。日本に大きな爪痕を残した大災害でしたが、多大なる犠牲をもたらした反面、人々同士での助け合いの精神が素早い復興に繋がっていったという言説もまた存在します。

当時発揮された「助け合いの精神」の力に対して海外メディアからも賞賛の声が上げられました。次に引用する文章は国際政治学者の藤井厳喜氏が2014年6月に述べたものです。

“2011年3月11日に発生した東日本大震災は、死者・行方不明者2万5000人以上という大惨禍をもたらした。時の菅直人政権や電力会社の対応は無責任極まりないものだったが、現場の自衛官や警察官、消防士、医師、看護師などの活躍には目を見張るものがあった。

さらに、この時に見せた、被災者たちの行動は、世界中から称賛と感動の嵐を巻き起こした。

諸外国では、先進国・途上国を問わず、自然災害の後には暴動や略奪が大量発生し、社会が無秩序化するのが通例である。ところが、日本では、そういった犯罪が全く起きなかったのだ。むしろ、日本人は平時以上に冷静に行動し、「助け合いの精神」を発揮した。

「逆境にくじけない日本の魂の強さは私たち全てに感動を与え、輝きを放っている」(クリントン米国務長官)
「日本の人々の勇気は日本の偉大さの表れだ」(キャメロン英首相)
「商店の襲撃や救援物資の奪い合いは全く見られず、市民が苦境に耐えていることに感動する」(ニューヨーク・タイムズ)”

(Zakzak,2014年6月22日, 【世界を驚かせた日本人】東日本大震災の被災者たち 暴動・略奪なく「助け合いの精神」発揮)

こうした人々の間での絆は社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)と学術的に定義され、東日本大震災を契機にソーシャル・キャピタルを育むコミュニティを求める潮流が日本社会には現れた、ということが言われています。

しかし、それは本当なのでしょうか。私たちの間では、本当に日本社会に大打撃を与えた東日本大震災を契機にソーシャル・キャピタルの力を実感し、それを育んでいこうとする気概が生まれていたのでしょうか。

本稿ではソーシャル・キャピタル研究の第一人者である稲葉陽二氏が2014年に発表した論文を紹介し、この問いに答えていきたいと思います。

 

 ソーシャル・キャピタルを構成するもの

まず、ソーシャル・キャピタルを形成する要素について整理しておきます。これについては、ハーバード大学のロバート・パットナムが2000年に刊行しベストセラーとなったソーシャル・キャピタルの古典、『孤独なボウリング』から稲葉氏が引用している部分を参照します。

“ソーシャル・キャピタルが指し示しているのは個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範である。”

(『ソーシャル・キャピタル入門』,2011年,中公新書,p24より引用)

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つまり、ソーシャル・キャピタルとは以上の図で示したような3つ、信頼・ネットワーク・互酬性で構成される資本ということになります。

信頼とは私たちが互いをどれだけ信用できているのか、ネットワークとは私たちが他の人々と形成する家族・友人・知り合い関係などのこと、そして互酬性とは「お互い様」の精神、そして見返りを求めない行動のことを指しています。

 

 ソーシャル・キャピタルがもたらす効果とは

このように定義されるソーシャル・キャピタルですが、ではどのように具体的な効果を社会にもたらすのでしょうか。これについても稲葉氏が『ソーシャル・キャピタル入門』で言及している部分、本稿ではその中でも経済活動に与える効果を取り上げます。※1

ビジネスの現場は人と人とのコミュニケーションによって成り立っている場なので、良質なネットワークが形成されていればそれだけ円滑に物事が進むことになります。

更に顧客や上司との信頼関係、またその信頼関係を形成する上で互酬性の規範も生まれてきます。このようにビジネスとソーシャル・キャピタルは互いに密接な関係にあります。

研究実績としては、ソーシャル・キャピタルを形成する一要素である信頼度が高い国はGDPがより高い傾向にあることをラ・ポルタ氏(ハーバード大学)らが発表している、と稲葉氏は同著(p.48)で言及しています。

 

 ソーシャル・キャピタルの3期間を通した比較

このソーシャル・キャピタルがどのような推移を見せてきたのか、内閣府が2003年に行った全国アンケート調査、そして稲葉陽二氏が2010年、2013年に行った全国アンケート調査で得られた結果を見ていくことで明らかにしていきたいと思います。

結果は一般的信頼度(社会全体に対する信頼度)・特定化信頼度(あるグループに対する信頼度)・ネットワーク・団体参加という4つの区分に分けられており、それぞれがソーシャル・キャピタルを形成する信頼・ネットワーク・互酬性に対応しています。※2

以下のグラフで示される値は、それぞれの質問項目におけるポジティブな回答の割合となっています。2003年の内閣府調査時における資料(平成14年度 「ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて」)に掲載されていたものに基づいて、単純平均値(グラフ内に数字が示されています)を一つの指標として今回は示しています。

(またグラフは全て筆者が参考文献より作成いたしました。クリックで拡大します。)

社会全体に対する信頼度を示すとされる一般的信頼度から見ていきます。

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2003年から2010年にかけては増加しましたが2013年にかけて減少しています。しかし大きな数値変動はなく、安定しているといえるでしょう。

続いて特定のグループに対する信頼度である特定化信頼度について見ていきましょう。

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こちらは一般的信頼度と比べるとはっきり減少傾向にあることが分かります。各要素の中でも最も減少幅が大きかったのは「職場の同僚への信頼」で、約14%ポイント減少していました。

次に見ていくのは人々同士の関係であるネットワークを形作る要因に関する質問結果です。

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こちらも特定化信頼度と同様に減少傾向が見られます。最も大きく減少していたのは「友人との付き合いの頻度」で、約12%ポイントの減少となりました。

最後に互酬性の精神を表す団体参加に関する質問結果を見ていきます。

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2003年から2013年にかけて大きく増加しているようです。特に増えたのは「スポーツ・趣味・娯楽活動」で、約25%ポイントの増加でした。しかし、他二つの項目も大きく上昇しており、全般的に団体参加の機運が高まっていたといえるでしょう。

 

 ソーシャル・キャピタルは強まってはいない?

ここまでの結果は次のようにまとめられます。

*維持もしくは増加したもの…社会全体に対する信頼度(一般的信頼度)・団体参加(互酬性)
*減少したもの…特定のグループに対する信頼度(特定化信頼度)・ネットワーク

この調査結果について稲葉氏は、減少した要素はどちらも友人関係などといった互いを認識することで形成されていく実質的な付き合いである。それが減少しているということは、2003年から2010年・そして東日本大震災を経た2013年にかけて、ソーシャル・キャピタルは必ずしも強まっているとは言えない。特に震災で人々は絆の重要性を再認識しソーシャル・キャピタルを育む動きが強まったと言われているが、必ずしもその仮説は成り立たないということを意味している、と述べています。※3

次に示すグラフはこの調査結果を、各要素の平均を用いて示したものです。2003年から2010年にかけては全体の指数(ソーシャルキャピタル指数)が増加していますが、震災を経た2013年にかけてはむしろ減少してしまっています。

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また細かいデータは見つけられませんでしたが、稲葉氏は被災地と非被災地との間での比較も行っています。その結果によれば、被災地は非被災地に比べて特定化信頼度・ネットワークがより低い数値になっており、身近な人々との付き合いが希薄化してしまっているようです。稲葉氏はこの分析結果を次のようにまとめています。

“また、長期的にみると、一般的信頼は安定し、団体参加率は大幅に上昇したが、身近な人々とのつきあいは希薄化し、それにともない彼らへの信頼も低下した。つまり、社会関係資本は身近な人々とのつきあいを中心にほころびをみせている。言い換えれば、孤立した人はより孤立し、コミュニティが壊れている。”

(一般社団法人中央調査報,2014年絆が壊れる?
―3つの社会関係資本全国調査からみた2003年から2013年の変化とその含意― ,稲葉陽二)

 

 震災から4年を経て

今回の結果は、雇用環境や景気状況などといった様々な要因から得られたものであり、東日本大震災だけが影響しているというわけでは勿論ありません。しかし、調査結果が示している事自体は事実として受け止める必要があります。

震災から4年が経った今、わたしたちは改めてソーシャル・キャピタル、絆を見つめ直すべき時が来ているのかもしれません。

Photo by pixabay 【注釈•参考文献

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