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 分散型メディアの時代

前編はこちらから

前島:5年前に出た本なので、この本と状況がどう変化しているのかを教えてください。

佐藤:今は「PV×広告」というよくあるWebメディアのビジネスモデルと、「コミュニティ×課金」の2つになっていると思います。海外に月間2億UUのBuzzFeedというメディアがありまして、何が新しいのか。5年前はYahoo!やライブドアニュースのポータルサイトが強かった時代です。でも今はTwitter、Facebook、SnapChatなどの外のプラットフォームに最適化したコンテンツを流している。いわゆる自社サイトに呼ぶのではなくて、外のプラットフォームで読んでもらう形をとっていることを分散型コンテンツといいます。それってFacebookがオリジナルコンテンツを載せるっていうことは、自社サイトの意味ってどんどん薄れてきて。検索とは真逆のメディアの在り方になっていますね。

小川:BuzzFeedは今、自社サイトのUUも多いですけど、分散した時に、マネタイズはどうなっていくんですかね。

佐藤:やっぱりネイティブ広告っていう、いわゆるTwitterで言うところのスポンサードポストだったりとか、メディアであれば記事広告のような。各媒体とかプラットフォームに馴染んだ広告みたいなので、いわゆるBuzzFeedの場合はFacebookももしかしたら投稿1個が広告なのかもしれないし、YouTubeはもうやっているんですけど、YouTubeの動画が実は広告だったり。いわゆる外のプラットフォームの中でも単体で生きられるコンテンツ。

前島:いよいよそうなると、分散型メディアの時代に文化を作るとか、強いメディアってどういうコンテンツ展開をするんだろうっていうのは思いますよね。

佐藤:BuzzFeedの場合は動画が強いんですけど、YouTube動画であれば、最初にBuzzFeedもロゴを出したりとか、そういうので、たぶんWebの記事よりもブランド認知を上げやすいっていうか。記事を読ませるのじゃなくて、動画の再生サイトにロゴを出すとか、そういうのをやっています。

 

「コミュニティ×課金」のビジネスモデルとサロンの未来

佐藤:次に「コミュニティ×課金」の話を。例えばgreenzはgreenz peopleという寄付会員がメディアを支えていて、読者の顔も見えて、作り手の顔も見えてっていう、そういう関係の中で、大きくスケールはしないけれども、濃いコミュニティの中で、読者が支えるメディアの形になっているのは、象徴的な事例だと思いますね。

小川:僕は「Umeki Salon」というところに入っていて。梅木さんは投資家でありブロガーであり、コンサルタント、スタートアップ界隈でアナリストをやっている方でがサロンをやっていて。1つコミュニティがあって、それは梅木教祖を奉っているんではなくて、梅木さんがどっちかっていうと、ひな壇芸人的に突っ込みを入れる、あるいは突っ込まれるっていうところで日頃のコミュニケーションが成り立っていて面白い。

僕はあまり投稿はしないんですけど、コミュニケーションの舞台に自分が躍り上がるっていうよりは、その観客席にいたい。これはすごく地下闘技場みたいなイメージ、漫画とかであるようなね。なぜか地下でプロレスとか、実況が行われているみたいな。誰も他の人が見られないようなね。

佐藤:梅木さんは、それこそ次に挙げるSynapseという有料サロンのプラットフォームを使っていて、多対多の関係性になっていて、これまでは1対多のコミュニケーションが多かったっていうのがあって、いわゆるソーシャルメディア上で影響力のある人にファンが付くみたいなことが多かったんだけれども、逆に言うと梅木さんみたいに聞き手に回ったりとか、他の人が逆に投稿したりとか、

小川:ユーザーでコンテンツとかメディアを作り上げていくみたいな。僕思うのは、好きな言葉があって、「突っ込まれビリティ」っていう言葉があるんですよ。要するに炎上体質って言い換えられるかもしれないけれど、突っ込まれやすい体質。梅木さんは、それなんですよ。隙がある発言をして、有名な人がそれに全力で突っ込んでいくみたいな。

 

 編集者は泥くさい職業

小川:ぼくは『はじめての編集』の著者である菅付雅信のアシスタントを1年弱していたんですけど、変容しつつあるなかで「編集」ってなんだろうということで、この本では「企画を立て、人を集め、モノをつくる」と定義しています。特に現状で足りてないと思うのは、この「人を集め」って部分です。キュレーションメディアやバイラルメディアは、人を集めてない記事がすごく多いんです。他のおもしろいYouTubeの動画を、見出しを変えて作るとか。

それって企画を立ててない。無から有を企画だと思っているので。今あるものを包装だけ変えるみたいなイメージです。そして編集者の仕事って本当はすごく泥くさいものなんです。ずっとメールをしていて、「すぐ返事する奴が大事」っていうのは菅付の受け売りですけど、それがないと人が集まらないから。

佐藤:あと世に出ている編集本って綺麗な部分ばかりを書き過ぎていると感じていて。「編集=格好いい」っていうのとか、雑誌はどうやって作るのかみたいな部分は、ものすごいフォーカスされるんだけれども、そういうもっと地味な調整だったりはあまり取り上げられていない。

小川:編集者ってすごいサービス業だと思っていて、大事だと思うのは、ケータリング。やっぱり人間のコミュニケーション。それを仕事的に言い換えると、サービス業的なノウハウ。これは人を集めるために今後、必要だなと。

あとは「インタビューが編集者の基本だ」とよく言われていて。その人が持っているコンテンツすべて引き出すっていうことは、ものすごいサービス業的なスキル問われるわけです。お店選び、時間設定、アポイントメント、電話・メールのやり取り。そういったものってもちろん本にはできなくて、けれどそれができると人は集まるし、インタビューって1対1で人が集まっているわけなので、人は集まってコンテンツは成立するわけです。

そういったものの積み重ねが、大きな企画になると思っていて、尊敬する編集者は、たくさんインタビューやっていることは確かに多くて。これは基本スキルだと思っています。あとは何言ったら怒らせないとか。本当にそれ大事なんですよね。あと、この人とこの人は苦手とか。

前島:その泥臭いメール対応とか、プラスその人が持っている人生とか、知見のどこを切り取って組み合わせるかみたいなの、まさに編集だなって思います。

 

 スマートニュースは「人工知能」が編集長

佐藤:今、Webメディアでは広告モデルが重要視されているので、逆に言うと道が見えやすかったりするというか、他のメディアを見てても、キュレーションメディアとかバイラルメディアっていわれているようなメディアはテクニック寄りだったり、どうやれば稼げるかっていう道が何となく見えてるじゃないですか。どうやって記事をたくさん読んでもらって、お金を貰うみたいな。

でも逆にそこって効率化とか機械化みたいな文脈につながると思っていて、道が見えているからこそ、外に外れやすいというか、外れたほうが絶対に編集者としてバリューが出せるよなっていう。それがすごいありがたいとか、みんなその同じ道を行っちゃっているけれども、僕は本当に逆を行きたいみたいなイメージが。

でもコンテンツ作りもそうなると、無駄をどんどん省きがちになるので、紙だと無駄であったり、逆に誰かにとってのノイズみたいなのはあるけど、他の誰かにとったらめっちゃ綺麗に受け取れるようなもの。何かそのもっとノイズとか偏りとかが、駄目な人もいれば、いい人もいるみたいな。それが重要なのかなと思ったりします。

前島:編集の定義みたいなのが揺らいでいるなと。いろいろなWebメディアの登場、もしくはアルゴリズムだったり、テクノロジーの進歩によって編集の定義が変わってきている。人々の手元に届くものも、実はほとんど人の手が掛かってないような、コンテンツを収集して、それを繋ぎ合わしてみたいなものが登場してきている。そういった中で改めて、これからの編集みたいなところの話もしなきゃいけないんじゃないかなというふうに思うんですけど。

佐藤:編集というのはすごい拡張している概念ではある。最近特に、場の編集もそうですし、イベントもそうで、変容っていうか、すごい拡大してきているけれども、逆にWebメディアの方面から見ると、キュレーションであったり、Facebookのアルゴリズムとかもそうですけども、いわゆる人工知能であったり、テクノロジーの部分によって、結構届くかどうかが左右されるってなると。

さっきも作るっていうところまで行っても、それが届くかどうかみたいなのをかなり左右されるので、いわゆるアルゴリズムの設計をする人だったりとか、編集の何かコアな部分、流通の部分になるんですけれども、そこを握っていくような考え方も、強くなってくるのかなっていうのはありますね。スマートニュースとかも、ワールドビジネスサテライトっていうテレビ番組に出た時に、「人工知能が編集長」って言っていて。それがまさに今言ったことなんですけれども、その表現がすごく印象的だったので。逆に言うと、それが明らかになれば、人が何をやればいいのかっていうのが明らかになる。

 

 若手編集者3人にとっての「編集」と、拡張する「編集」のゆくえ

前島:僕にとっての編集の定義は、「創造性の創造」です。編集者自身が直接的に何か作るというよりは、ある人とある人を組み合わせるとか、コンテンツ同士組み合わせて、そこでなにか創造性が生まれるっていう。よくWebって都市工学と対比して語られることがあって、コンテンツとプラットフォームみたいな文脈で語られる。都市にとっての人がWebにとってのコンテンツで、都市がプラットフォームであると。

都市全体の設計やビルなど規模は様々あるのですが、そういうものによって人の流れってある程度決まってしまう。振る舞いも決まっちゃうみたいな議論になって、それってWebに似ているよねと。人間の振る舞いや創造性が決定論的になってきてしまっていると、そういう流れに対して、いろいろな方向からチャレンジする人がいたんですよね。もっと人間らしさとか、コンテンツのおもしろさを追求していこうよと。そうした流れには大きく2つの種類があって、1つは、建築とか都市の設計をわざと既存のプロトコルからはずしてみるとかね。

僕はどっちかって言うと建築の側なのかなと思っていて、 人間の振る舞いを明示的に規制するのではなく、環境を整備して自然に振舞っているのに、何かいい感じになっているみたいな。そういう方向で勝負しようかなっていう感じです。

佐藤:僕にとっての編集は、新しい関係性を見つけて、それを提案することなのかなと思っています。やっぱりコンテンツを作る時に、新しい文脈とか関係性だと、なかなか馴染みがなかったりするので、1歩先ではなくて、半歩くらい先を行って、新しいものなんだけれども、ちょっと懐かしさがあったり、何かちょっと知っているみたいな部分を上手く混ぜるようなコンテンツを作りたいなと思っていて。

読者の期待にも応えつつ、予想を裏切ったり、こういう世界もあったのかみたいなコンテンツを作れたらいいなと思います。そして、時代に合わせるっていうのは、キュレーションとかっていうのはちょっとトレンドに乗りすぎているんですけれども、ある程度その時代だったり、読者っていうのが何を求めるかっていうのを把握して、そういう方に届けつつも、時代を引き寄せるというか。

自分が「絶対に時代はこうなる」とか、「この人は絶対もっと有名になるべきだ」「このコンテンツは表に出るべきだ」みたいなものを、本当に集中的に特集したりとか、頑張ってインタビューとかして、そういう時代のほうを引き寄せたりするっていうのも頑張りたいなっていうのは思っています。

小川:編集者は二分化できて、オペレーターかクリエーターかの2種類で、クリエーターとしての編集者が作ったほうが、恐らく属人性が高い本になるし、オペレーターが作った本というのは、本ではなくて、自動キュレーションアプリだとか、パーソナライズされた検索結果だとかにリプレイスされる。恐らく人はそこに生きていけない。

「まだ社会に居場所がないヒト・モノ・コトを企画とサービスで価値にしていくこと」。社会に居場所がないっていうのは、僕は今流行っているものにあまり興味がなくて、今社会に流行ってないけれど、提案していくこと、社会に居場所がないものに居場所を作っていくことを企画力、つまり何か人がいるからこそ提案できる大きな企画、あるいは予想もしなかった切り口。それをより大きいビジョンで言うと、恐らく機械だけが支配すると、今までググってきた検索結果で、予定調和的に「君はミスターチルドレンが好きだから、ミスターチルドレン的なメロディのアーティスト好きでしょ」みたいな話になってくるわけ。

それでどんどん硬直化していくわけですよ。あるいはそれは分断化、タコツボ化していくわけで、そこに対してどんどんかき乱していく。かき乱すっていうのは、恐らく人間じゃないとできないから、非現実的なこと。要するに効率良く人を集めなくても作られるコンテンツじゃなくて、人を集めるからこそ起こり得るファンタジーみたいなものを、紙面なり、Webサイトなりに現実化していって、次の流行なり、提案するコンセプトなりを現実にしていきたいなと思っています。

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