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Credoによる研究者インタビュー、今回は東京大学大学院で催眠について科学的に研究していらっしゃる漆原正貴さん(現在は休学中)にお話をうかがいます。

漆原さんは科学者として催眠を心理学的に研究するだけではなく、実際にプロマジシャン、プロ催眠術師としても活動されているそうで、大変おもしろいお話を聞けそうです。

ということで、休学中の漆原さんが現在働いてらっしゃる株式会社スマートニュースのオフィスにうかがってきました。

 

催眠術師になるまで

ー大学生時代からプロのマジシャン、催眠術師として活動されていたそうですね。マジックは子供のころからやってらっしゃったんでしょうか?

もともとマジックは小学校のころからやっていて、中高でもマジックサークルの会長をやってました。お金を頂いて活動するようになったのは大学1年生の頃からですね。

レストランや結婚式、パーティなどでマジックを見せて何とか生計を立てていました。デパートでマジック用品の実演販売もやりましたね。

 

ー生計を立てていけるレベルの額を稼いでらっしゃったんですね!

それしかとりえがなかったので…(笑)

ひとり暮らしをすることになって、生活費を稼がなければならず、当時は必死でしたね。とはいえマジックだけでは安定しなかったので、他にもいくつかの出版社で編集やライターの仕事を掛け持ちしていました。

 

ーということは、催眠術をもともとやっていたというよりも、マジックをやっている内に催眠術もやるようになってきたという感じだったのでしょうか?

そうですね。マジックが先にありきで、マジックをやっていくなかで催眠に出会ったんです。

 

ー催眠術師としての活動というのは具体的にどういったものだったんでしょうか?

たとえば、マジックショーの中で催眠術を取り入れたり、珍しいところでは企業のセミナーもやったりしましたね。

 

ー企業はどうやって催眠を使おうと考えてたんでしょうか?

自己暗示に使いたいということでした。セミナーでは、社員の方の前で実際に催眠のデモンストレーションをしたり、自分にどうやって暗示をかけられるのかという話をしたりしました。

具体的には、暗示に入りやすくするための催眠誘導の方法を教えました。深呼吸をするとか、力を抜いてどこか一点を見つめて集中するとか、そういう技法ですね。

 

催眠とは何か?

ー暗示に入りやすい状況というのは、経験的にわかっているのですね。

「暗示」や「催眠」と言うとふわっとしていて一体どういうことなのかわかりづらいと思うんですが、たとえるなら山登りみたいなものなんです。

催眠状態という目指すべき頂点は決まっているのですが、その頂点にどうやったらたどり着けるのか、普通はわからない。

たとえば、「手が固まって動かなくなる」という状態を思い浮かべて下さい。どうやったらその状態にたどり着くのかまったくわかりませんよね。

このとき、「今、腕のこのあたりに力が入っていますよね」とか「手の先っぽから、つけ根まで鉄のように固くなってきています」とか、言葉によって誘導していくことで、被験者さんは「あ、こういう感じか」と納得しながらどんどん次のステップに進んでいけるわけです。そのうちに、気づいたら催眠状態に入って手が固まっている。

こうやって一度「こういう風にすれば手が固まるんだ」と理解すれば、次からは睡眠に入りやすくなるんです。実際に自分自身で催眠状態に入れるようになる人もいます。

 

ー実際に腕が鉄のような固さになるわけはないですし、「鉄のように固まった」というような主観的な感覚があるということなんでしょうか。

「固くなる」という感覚は人によって違います。被験者さんがよく言うのは、腕を曲げようと思うことはできるんだけど、その意志が腕に伝わる途中で「落ちていく」とか「曲げたくなくなる」とかですね。

腕の感覚がすべて無くなるわけではないんですよ。何かが触れた時にその触感は伝わってくるんです。だから自分の腕だという感覚はあるんですが、それを動かす主体としての感覚がなくなってしまうんですね。

このように、「体の持ち主としての感覚」と「体を動かす主体としての感覚」を切り離すことが催眠の一側面だと言えます。でも、「催眠」と呼ばれるものはさまざまなので、こういったタイプのものだけではないんですけどね。

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ーなるほど。その他の催眠としてはどういったものがあるんでしょうか?

例えば、「水がコーラになる」「目の前にあるコインが消える」とかですね。

 

ー水がコーラになる!? それは味が変わるということですか?

もちろん全員がかかるわけではないんですけども、味が変わるんです。人によっては炭酸も感じられるようになります。

催眠に関して僕がよく使っている定義として、「“何かが起きる”という期待があった時に、その期待が実現してしまうような現象」というのがあります。

今の例でいうと、「手が固まる」という期待があった時に、本当に手が固まってしまうとか、「これはコーラだ」という期待があった時に、本当にコーラの味がする現象とかですね。

 

催眠術はマインドコントロールか?

催眠を起こすときに大切なのは、しっかりと被験者さんに期待をさせるということと、術師がその期待を実現させるということに対して被験者に信頼してもらうということです。「絶対コーラなんかになるわけない」という風に考えられてしまうと催眠は起こせなくなってしまうんですね。

 

ーなるほど、疑い深い人は催眠にかかりにくいということでしょうか?

かかりづらいと思います。かからないとは言えないですけどね。

ですが、本人に対してデメリットがある暗示はまず成立しません。デメリットのある暗示というのは、「あなたの腕がすごく痛くなります」とか「あなたは私に財布をあげたくなります」とかですが、こういう場合は絶対にかからないと思います。

 

ーということは、催眠をかけて被験者をコントロールして悪いことをさせるとか、そういうことは不可能なんですね。

催眠には被験者の協力がないといけないので、難しいでしょうね。

術師がやっていることは、催眠状態というゴールに向かって、うまく方向性を修正したり道案内をしたりするだけで、被験者自身がやっていることを手助けしているにすぎないんですね。

催眠の8割くらいは被験者の方が自分でやっているんです。残りの2割で、被験者が楽に催眠に入れるようにサポートするのが術師のやることです。

どういうふうに誘導をすれば催眠に入りやすいのかを見極めるのは術師の役目です。ある人に暗示を与えるときには、どの感覚に訴えかければ最もその人が催眠状態を想像しやすいのかを考えて、実際にそれを暗示に反映させるんです。

例えば触覚的な言葉を使う割合が多い人に対しては「口の中でパチパチとはじける泡の感じがします」という暗示が有効かもしれません。一方で味覚に対して強い感受性を持っているように見える人に対しては「甘みが口の中にふわーっと広がります」などと言ったりして、暗示のかけ方を変えていくんです。

 

ーということは、基本的にはどんな言葉を投げかけていくかという部分が、催眠術者の「技」なのですね。他には、催眠が起きやすいような雰囲気づくりとかもされたりしますか?

もちろんそれも大切です。

一例を挙げると、「私は催眠術師です」と言って出てきた人が白衣を着ているか普通のTシャツを着ているかによって、暗示のかかりやすさは変わります。もちろん、多くの場合、白衣を着ている場合のほうが被験者は暗示にかかりやすくなるでしょう。

他にも、どのように紹介されるのかも大切だったりしますね。例えば、ある催眠術者を紹介するときに、「彼は30年間修行を積んだ人です」というのと、「最近練習を始めた大学生です」というのでは全然イメージが違うじゃないですか。

こういう風に、他のものの権威をかりるテクニックを「威光暗示」と呼びます。

 

ー催眠術のイメージとして、「マインドコントロールをかける!」とか、「深層心理を暴き出す!」といったものがあると思うのですが、そういうことはやらないということですね。

 催眠をやっていると万能感を覚えやすいんですよ。他人を自由にコントロールできるという思い込みをしてしまうケースがあるんです。

でも、僕は催眠術者というのはそんな偉いものではないとずっと思っていて。基本的に催眠状態は被験者の内側で実現されていることだから、被験者の協力がないと催眠術者はなにもできないし、主従で言えば被験者が常に主なわけですよ。

でも、「催眠をかける」などの言葉に代表されるように、術師が主のように語られることが多い。だから、よくマインドコントロールなどの文脈で誤解されやすいんですよね。

 

暗示にかかりやすい人

ーなるほど。ということは、催眠術者が自分の思う通りに、もともと被験者が持ってなかった期待をその人に抱かせるということはできないわけですね。

ものすごく暗示にかかりやすい人だったらありえるかもしれませんね。

人によって暗示のかかり方って違うんですよ。これを被暗示性というのですが、被暗示性が高い場合はそういうことも無いとはいえません。

たとえば、「手が重くなります」という暗示には8割くらいの人が反応します。「腕が固まります」だったら5割弱くらい。2人に1人かかるかかからないかです。

 

ーそんなに多くの人がかかるんですね!

ただ、幻聴や幻覚、例えば「ジングルベルが聴こえます」とか、「3つ置いたボールのうち1つが見えなくなります」みたいな暗示は1割程度になってしまいますね。

 

ーおお、そうなのですか。暗示にかかりやすい人というのはどういうタイプの人なのでしょうか?

「幽霊を見たことがある」とか「金縛りにあったことがある」という人はまず催眠に入ることができます。こうした現象は、暗示によって引き起こされているケースが多いと僕は思っています。だから、そういう経験がある人は、暗示に反応する素質を持っていると判断しています。

また、これは科学的なデータというわけではなくあくまで個人的な感覚ですが、素直な人が反応しやすいイメージがありますね。

 

 ーじゃあ逆に暗示をかけるのがうまい人っていうのはどんなタイプの人なんでしょう? たとえば声質とかが重要なんでしょうか。

声質はあると思います。僕の声質は向いている方だとよく言われるのですが…

でも、声質以上に、一番大切なのは観察能力ではないかと思います。

(編集部注:漆原さんはとても安心感をあたえてくださる感じの低音ボイスの持ち主です)

 

ー先ほどはどういう言葉づかいをするか注目するとおっしゃってましたね。あとはどんなところを注意してみるのでしょうか?

 視線や声など、観察可能なものは全て見て相手の心的状態を推察するんですよ。

催眠では、できるだけ相手の状態に共感することが大事だと思っています。たとえば「あなたの腕が固まります」って暗示をかけるときは同じ暗示を自分に対しても投げかけているイメージなんです。

相手がいま、どういう心理的な状態になっているのかを、自分の中でも再現していく感じでやっています。

 

ーうーん、自分の中で相手の心をシミュレートするという感じでしょうか?

そうですね、そういった感覚に近いと思います。

 

ーなるほど…ちなみに今日もずっと僕のことを観察してたりしていたんでしょうか…!?

いや、あまり普段はそういうことは考えないようにしてます(笑)

すごい嫌じゃないですか、友達とかからそういう目で見られるのって。だから普段は本当にそういうことは考えないようにしてますね。

 

ーそれはそうですよね(笑)

 

インタビュー後半では催眠研究が持っている意義、催眠研究と現在のお仕事との関係についてお話をうかがいます。後半はこちらから。

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