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  AI技術が発展する社会の中で

毎日のように耳に飛び込んでくる人工知能に関するニュース。

では、そうしたニュースを読んで特に皆さんの印象に残るものとはなんでしょうか。

それは恐らく、人工知能によって将来人間の職業は奪われてしまうのではないだろうか、という恐れではないかと思われます。

筆者自身も以前、人工知能による職務の代替可能性、そして人間が今後担っていくべき要素とは何かについて、議論の題材となり得る記事を執筆致しました。(「日本版10年後なくなる可能性が高い職業とは[前編]」「人工知能とうまく付き合っていくために人間に必要な要素を考える:日本版10年後なくなる可能性が高い職業とは[後編]」)

今回はこの議論に関して、東京大学で人工知能分野を主に研究している松尾豊准教授にインタビューを行いました。

人工知能と人間がこれからどのような関わり方をしていくことになるのか、特に”クリエイティビティ”を軸についてお話を伺いました。

 

 ”人工知能は人間の職業を奪う”のだろうか?

具体例から考えていきたいと思います。

先の記事(『日本版10年後無くなる可能性が高い職業とは』)においては、定量的な分析結果から調理人・コックが能力的に代替される可能性が高いという結果となりました。

では実際のところ、コックという職業は人工知能に奪われてしまうのでしょうか?

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–例えば調理師のような職業についての代替可能性についてどう考えられますか?

松尾先生:包丁で食材を切る、大根おろし器を使うといった行為はあくまでも人間の身体にとって最適な形に整えられたものです。人工知能を搭載するロボットが全く同じ形で料理を作るのは難しいかもしれないですけど、ロボットにとって最適な形で料理というアウトプットを出す、ということは今後もっと可能になっていくでしょうね。

–「切る」という行為についても、今は人間が包丁を手で握って動かしていますが、ロボットの場合は例えばプレス機みたいに上下の運動に特化しているとかが考えられるでしょうか。

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つまり人工知能に関する議論を進める際にはまず、人間の得意な形、人工知能の得意な形が違うことを意識すべきではないかということです。

 

 人間だけにできること

ここからは人間の得意なこと、人工知能の得意なことをもう少し掘り下げてみます。まず、人工知能には出来ない、人間が得意とすることとは何でしょうか。

それは、人とのコミュニケーションではないかと思われます。

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松尾先生:コックの仕事は確かに能力的には代替可能になっていくのかもしれない。ですが、私はコックがいなくなるかと言われればそうはならないだろうと思います。

カフェに行ってわざわざ店員が淹れてくれるコーヒーでなくても、コーヒーを飲みたいだけならコンビニや自販機で安く買えますよね。わざわざカフェに行くというのは、やはり人間がもたらす付加価値が大きいからではないかと思うんです。

料理全般に関して言えば、以前に比べて商品の加工度が上がっていることに注目してみましょう。スーパーで、青椒肉絲のタレみたいに、食品を炒めて最後にかけたら料理が完成するっていう商品はすごく増えていると思います。完成したものを売ればいいのに、何故か「何か工程を残す」商品が出回っている。

そうした商品、体制が世の中に溢れているのは、人が作った感を味わってもらうためだし、そして人はやっぱり人が作ったものを食べたい。人間の社会的な動物としての感覚として、それを求めると思います。

 

–カフェに行って店員さんとやり取りをしながらコーヒーを飲むといった行為とかもある種の達成感を得ている行為ですよね。

松尾先生:徹底的な低コスト化を目指すところではロボットによる自動化はもっと進展すると思います。ファストフードとか牛丼が代表格ですかね。

ただ、いいお店ではやっぱり人の関わっている部分がずっと残っていると思います。コックさんの役割が調理そのものではなく、客の要望を聞いて、ロボットに指示を出して料理を作らせて、客に料理を出す、そういうものになる可能性もあると思っています。

 

–より、人間のインタフェースとしての機能が強調されていくということでしょうか。

松尾先生:そして、この傾向は色々な業種であり得ることだとも思っています。

弁護士もそうだし、医者もそうだし。人と会話して、弁護方針や治療法を決めていくだとか。そしてこの工程には多くの知識が必要とされます。コックも。お客さんの好みを聞いてどういう料理を出せばいいのかっていう部分を決定するために、相当な料理の知識が必要になるわけじゃないですか。だけど実際に作るのは自分じゃなくてもいい。

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 コンテンツを生み出そうとする人工知能

人間が得意とするもので、”独創性に満ちたコンテンツの生成”を思い浮かべる人もいるでしょう。

では、人工知能はコンテンツを生み出せるのでしょうか。松尾先生は文脈・コンテキストを意識するかしないかで難易度が大きく変わると述べています。

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–人工知能はどんなコンテンツを生み出せるのでしょうか。

松尾先生:繰り返しの反復回数が増やせるものは基本的に人工知能の得意分野なので、そういった特徴を持つコンテンツであれば生み出せると思うんですよね。例えば、webページのレイアウトの最適化をするとかキャッチコピーを作っていくとかは可能なコンテンツの代表です。

しかし、コンテンツの一つが長いものになってくると、そこに文脈が入ってくるので、技術的には難しくなってきます。

逆に文脈を全く意識しないコンテンツも人工知能の得意分野です。例えば詩ですが、あれってもともと意味わからないじゃないですか。でもそれでいいんです。行間を想像力で補えれば良いので。

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つまり、人工知能でもジャンルによってはコンテンツを作り出すことが可能です。

その可能性を追求するべく、進んでいるプロジェクトも存在しており、例えば星新一のショートショートを解析して人工知能に小説を執筆させる試みが挙げられます。(気まぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ)

それ以外にも、最近発表された事例では、人工知能に描かせた絵が非常に印象的だと話題になりました。

(「Inceptionism: Going Deeper into Neural Networks」 「Googleの人工知能が書いた絵が凄すぎる」)

 

 人工知能の超えられない壁

しかし人工知能には人間との間に決定的な差が存在しています。それが人間の有する「感情・本能」です。

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松尾先生:詩のように短かくて要素の組み合わせでも成立するコンテンツならなんとかなるんですが、長いものになると難しいです。とくにそれが本能とか感情に由来しているものだと非常に難しいです。

大衆的な小説で、売れてる本に共通しているような要素を、うまくつなぎ合わせていくような小説だったら出来るかもしれないですね。

 

–ある一貫したコンテキストの上に組み上げられていくような作品を作っていくのは人工知能の苦手なところでしょうか。

松尾先生:本能とか感情に依存する部分を作るのが難しいんですよね。絵とかもそうなんですけど、大衆画として多くの人がなんとなくいいなとか綺麗だなって思う絵は描けるんです。だけど、すごい芸術的な絵っていうのは描けないんです。何故かといえば人工知能には、人間が進化の過程で獲得してきた本能や感情がないから。

人間と同じ感情・本能を持つことで初めて何かの印象を持たせる絵を生み出せるということなので、そこは非常に人の性質に由来しているところだと思います。本当に芸術的なものを生み出すことはできない。本当に感動させられるようなコンテンツを生み出すには決定的な壁があると私は思います。

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前編では、人工知能を巡る議論の前提となる考え方、そして人工知能は人間の感情や本能を再現出来ない、というテーマを展開してきました。

後編では、なぜ人工知能が人間の本能や感情を再現出来ないのかについて、また人工知能と人間の本質的な関係について議論を進めていきます。

Photo by Pixabay [参考文献]

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