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川内 有緒◆かわうち ありお

日本の大学を卒業後、アメリカの大学院へ留学。卒業後はアメリカのコンサルティング会社、日本の大手シンクタンクに勤務。31歳のとき、パリに本部のある国連機関に転職。5年半勤めたあと、フリーランスに。現在は日本を拠点に、面白い人やものを探して取材してはしたためる日々。

(アイコン・前編トップ写真)撮影:市川勝弘

もはや人生の「修行」のフェーズじゃない

——いわゆるライターさんというと、雑誌などで依頼を受けて書いて……頼まれたものを形にするお仕事、というイメージでしょうか。

私はそういうのはすごく苦手なんですよ、出来るかなと思って引き受けてもだいたい上手くいかない。いろんなものを取材して、1000字くらいで手早くまとめるって仕事もあったけど、私にはすごく難しくて、上手にまとめられない。
プロとしてそういう依頼記事の執筆をやっていくんだったら、もっと鍛錬しないといけないと思うんですが、そういうことがやりたいわけじゃないしなあ。……と言うと、非常にふてぶてしく聞こえるかもしれませんが(笑)、いまの私はもはやそういうプロのライターになるための「修行」をしたいんじゃないって、あるとき分かったんです。
ちょっと違う人生のフェーズに入っているというか。本当にやりたいことだけを追いかけていこう、そのために時間を使おうと。だってそのために、せっかく仕事も辞めたんだから。

——そういう意味では、ライターというより作家さんですね。

最近までは作家とは名乗ってなかったんですけどね。ただ、『バウル』が新田次郎文学賞を受賞したことが、ひとつの分岐点になりました。
それまでは外からいきなり依頼が来るってことはほとんどなかったんですよ。でも受賞以来、徐々に、全然知らない雑誌から声がかかって、「ここになにか書きませんか」とページを割り当ててくれるようになって。しかもすごく自由度の高い依頼が増えたんです。
「2ページあげるので、何か面白いことやってくださいよ」とか「一緒に考えてなにか企画やりませんか」とか。企画が先行していないページがもらえるようになったんですね。もちろん、企画ありきで依頼される場合でも、面白そうだったらお引き受けするんですが。
だから、「ライター」から「作家」として扱われるようになったというのは、自分では意図してなかったんですけど、なんてありがたいことだろうと。

——一方で、作家さんというと余計、生活面……お金はどうやりくりしていらっしゃるんだろうとか、現実的なところも気になってしまうのですが。

収入の波はすごくありますが、苦しいというほどではないですね。確かに、3ヶ月くらい全然お金が入ってこない、でも印税とか原稿料とかくるときはどかんとくる、っていう生活ではあるので、性格的に細かい方には向かないかもしれません。ただ、私は幸いそういうのが気にならないタイプ。
新田次郎文学賞の授賞式では、阿刀田高さんに「ノンフィクションやっていくんだったら、もう茨の道だね、貧乏への扉が開いたね」と言われましたが(笑)、私は「いざとなれば何でもやればいいや」と思っているので。今も、作家業の他にも、ギャラリースペースの運営やイベントの企画、前からの繋がりでリサーチの仕事も引き受けています。
そんな風に、やろうと思えばいくらでも食べていく道はあるのかな、という気持ちの余裕だけは常にあって。

――旦那様もライターさんですよね。

だから、変に安心しちゃうのかも。彼は私よりよっぽどポジティブで、適当に生きている(笑)。毎日のように〆切を抱えていて、仕事もほとんど断らないし、そこは私と正反対なのですが。
国連という組織を辞めたことで、生活にこまごまとした不満はあるけれど、そういうのは挙げてったらきりがないからあまり考えていなくて。トータルで見るといまのほうが断然良い、本当にハッピーだと心から言えますね。


川内有緒さん

(上写真)撮影:深澤祐援

国連職員からノンフィクション作家へ。
一見突拍子もない「転職」に見えるが、川内さんのお話を伺っていると、それが人生の中で確かな地続きになっているのだと納得させられる。それまでの仕事での経験、かけた時間は、「新たな夢」の後押しになることもあるのだ。
では、そんな川内さんはいまどんな仕事を手掛けていらっしゃるのか。

孤独を一人で揉む時間

――いまも、発表媒体は未定だけれどひとまず書いている、という企画をいろいろと抱えていらっしゃる?

いつも、4つか5つくらい「これやろっかな」ってものがあります。結局、何になるか分かんないものでも、それを自分の中で一人で揉んでる時間が好きなんだと思います。「自由に書きたい」って言うと偉そうに聞こえるかもしれませんが、私はとにかく、その孤独な時間が好きなんですよね。
それが一つの本になるまで並走してくれる編集者や、友人たちに助けられる部分も大きいですが、創作に関してはみんな孤独。そういうのをやめたくないんです。私は、人から求められて書きたいものが見つかるタイプではなくて、誰にも求められてないものにやる気をだすタイプなので。
もちろん、読者の方から感想をもらったり……特にウェブだとコメントもダイレクトにもらえるので、そこから次のものに繋がったりする楽しみもあるのですが。

――たとえばどんな企画が動いていらっしゃるのでしょうか。

いま一番優先順位が高いのは、「大切な人の死を悼む」ことについて、いろいろな人に話を聞いてまとめる……という仕事。これは本になる予定です。
それから、何年かかけて、ある人の評伝を書きたいなと思って模索中です。存命の方で、ご自身からOKは出ているので、本人と周辺の取材をこれから始めるところ。ただ、その方の過去何十年かぶんの資料がダンボール10箱くらいあって。相当時間はかかりそうです。2年後……くらいには正式にお名前も発表できるかな。
人ひとりを描くことで何が見えてくるかなっていうのは前からすごくやってみたかったし、すごく魅力的な人なので、良いものにはなるのではないかと自負しています。日本のここ30年くらいが映せるような作品になると。

——やはりこれからも、人を書くっていうのが核になりそうですね。

そうなるのかなあ。意識してるわけじゃないんですけど、結局だんだん人になっていくんですよね……(笑)。

***

「好きなことが仕事になる」という充足、自由はかけがえのないものだろう。もちろん、フリーランスである以上、金銭的な不安定は免れえない。しかしその「自由」のためなら、必要なことはなんでもやるし、なんでもできるだろうという覚悟がある――と川内さんはおっしゃる。

好きなことで生きていくというのは、単なる気ままな暮らしとは違う。

ただ、これが私にとって大事なことだ、という外せない核を持って、それを守り通すという、ある意味「攻め」の生き方なのかもしれない。
その核は、会社や社会に与えられるものではなく、自分で選び取ったものだ。それこそが「自由」であり、そんな「好きなことで、生きていく」には、確かな強さと説得力が滲むのだ。

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